第50話 夢見鳥はまだ白く

 狭い鉄窓に独り、幼い少女は粛として座り込む。


 粗末な石床の上で両足を綺麗に合わせて正座をする彼女は前に目をやる。


 周囲は真暗闇。空間を遮断する鉄連子は縁すら見えず、いくら手を伸ばせば触れるのかも微かな記憶の向こう側である。


「……」


 目が開いているのかわからない。口を開いたのは何時の事か。


 先の重臣会議から何度日が落ちたかも知らず、ただ後ろ手に縛られた石の拘束具から強制的に流れ込む乾ききったマナの流動だけが体の感覚を支配する。


 焦燥感もない、不思議と穏やかな感覚。


 あの者も、このようなものだったのだろうか。


 いや、彼は何も知らぬ者。問答無用に未来が訪れ、何もかもを享受できる白紙の存在。世界は彼を欲し、彼は望まれて導かれる。故に彼は生きるために死力を尽くす。


 対して彼女は知る者。否応なく未来は塞ぎ、何もかもに拒絶される黒紙の存在。世界は彼女を与え、彼女は望みて導く。故に彼女は清算のために空しくなる。


 あの者とは何もかもが違う。それならば受け入れるほかない。


 彼女が刻筆師となったことも、この国であの者を救うことも、かの者を失ったことも、ここに囚われることも。


 全てはきっと決まった未来なのだ、型に抗うことは無意味なのである。


 筆を持つことはやめ、ただ闇に溶ける。それが彼女に与えられた役割。


「……」


 少女はそうして、自ら瞳を閉じた。


 繰り返される暗闇が確立する。


 自身が存在しているかすらわからない、無に至る感覚。


「……っ」


 そんなものが本当にあったのなら、どれだけ良かっただろうか。


 果然、役割は役割でしかないというのに。


「……?」


 石床を叩く足音が遠くにきこえる。


 衛兵の迎えか、少し靴音が乱れている気がするが何かあったのだろうか。


 重い石扉がわずかに引きずられ、足早な靴音は次第に近づく。


 閉じた瞼に火の暖かい光がにじみ、黒が白に反転すると足音が止まる。


 明るさに上瞼が自然と浮きあがる。


「……!」


 わずかに開いた瞼が大きく見開かれる。


 鉄連子の向こう側には"あの者"の姿があった。

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