第49話 副官の実力
そうこうして薄暗い場所を誰とも遭遇することなくひたすら進んでいると、外部に繋がる木造の観音扉が現れる。この先が別塔へ移るための渡り廊下だという。
アレクタリアは輪状の取っ手を握って扉の片側をわずかに押すと、外界の光が線になって城内の床に入り込む。
出来た隙間から各々が廊下の様子を窺う、別塔に続く十数メートルほどの短く狭い空中路には二人の衛兵が横に並んで番を担っている。
「ここをバレずに進む、ってのは無理だね」
「だが別塔へはあの扉からしか入れない、突き進む以外に道はないぞ」
「あまり隊を傷つけるようなことはしたくないんだけどな」
機公隊の騎士三人が向こう側を覗きながら狭苦しそうに話し合う。
渡り廊下の番兵はふたりとも城側に体を向けており、自身より頭一つ高い槍を片手に持って微動だにしない。壁のように道を遮る二人を抜けて渡ることができるとはとても思えない。
「倒して進むならやっぱりリザルチとストレイフのコンビってことになるのか?」
「そうしたいところは山々なんだけど、実は難しそうなんだよね」
「ん、どうして?」
「コイツ、光源がたくさんあるとうまく術をコントロールできないんだよ」
目を細めて苦い顔をしたリザルチの上で、ストレイフは顎で外側を指してユキトの視線を誘導する。
渡り廊下周辺には番兵の一人が持った松明に石造りの塔の壁にかかった壁灯、橋の欄干の所々に吊り下げられたランタン。
リザルチにとっては嫌がらせもいい所である。
「正面突破が必須か、顔は見られるだろうな」
「よし、なら俺が行こう」
「えっ」
曲げていた腰を真っすぐ伸ばして勢いよく立ちあがるアレクタリア。そして、
バンッ!!
とユキトらが聞き返す間もなく一気に観音扉を両手で開けた。
「我が名はアレクタリア・コーリス、機公隊第七師団副官である。別塔に用があって参った、通してもらっても良いか」
アレクタリアは堂々と渡り廊下を歩いて番兵たちに接近する。背後三人はとにかく城内の影に身を隠して様子を見守る。
「存じております」
番兵の一人が落ち着き払った態度で短く言葉を返す。
そして、歯車の紋が描かれた赤布を巻いた槍が目の前でクロスする。
「あなただけは通してはならないとの命を受けております故」
「……それは残念」
交渉の余地がないと理解したアレクタリアはもの悲しげな表情でおもむろに腰の刀へと手を伸ばす。
「抜かせんっ!」
左側に立っていた番兵が急速に前進し、槍先をアレクタリアの右手に集中する。
「……すまない」
一瞬にして抜かれた刀は迫る槍先を弾き、槍を大きく横に払う。
「っ!!」
武器をせり合わせただけだった。
だが攻撃を仕掛けた番兵は突然、その場で膝から崩れて突っ伏した。
「そっちの方も、少しだけおやすみ――」
今度はアレクタリアが橋上を駆け出し、もう一人の番兵に対して斬りかかる。
腕を顔の前に巻き、うなじあたりまで大きく引かれた刀は欄干の上ギリギリを掠めて横に振られ、縦に構えられた槍がこれを迎える。
しかし、またもこれだけで斬撃を防いだはずの番兵は地に伏した。
何が起きたかも分からないままただの二太刀で決着はつき、橋に立つのはアレクタリア一人となった。
「もう出て来ても大丈夫だよ」
アレクタリアが城の方に振り返ってユキトたちを呼ぶ。
「何が起こったん……だ?」
不思議で仕方ないユキトは駆け足で近づいてアレクタリアを見る。
下に向けられた彼の刀をよく見ると、なにやら青色の液体のようなものが切っ先から滴って地面に落ちていることに気付く。
「落涙する刀――青く澄んだ流体が刃に伝い、触れた者を瞬く間に昏睡させるとか」
「改めて聞くと少し気恥ずかしいな」
頬を指先で掻いて目を細めるアレクタリア。
確かに、倒れた番兵たちの顔や体には青い水滴がついている。触れるだけで意識を失うとは、命のやり取りであれば末恐ろしい能力である。それは確かなのだが。
「出来るだけ静かに進むって点ではいいんだが、このパーティの能力ってなんか地味だな」
「触れて相手を弱体化させるあなたがそれを言うか」
倒れた番兵をしゃがんで見つめるユキトにストレイフがため息をつく。
「番兵にも眠ってもらったことだし、早く進んでしまおうか」
刀を鞘に収めたアレクタリアは伏した番兵を踏まないよう慎重に上を跨ぐと、別塔の入り口に立つ。
そして、ゆっくりと黒扉を手前に引いた。
塔の内側は渡り廊下よりも明るく、ユキトたちの足元に赤色の光が差し込む。
「……やっぱり来ましたか、アレクタリア副官殿」
一瞬で身構えた。
塔内には武装した何十人もの衛兵が扉の方を向いて待ち構えており、中には機人も紛れていた。
「……マジか」
「まあ、あの番兵だけではないとは思っていたけどこれほど出迎えが多いとは」
予期していた様子のアレクタリアは収めた刀にもう一度手をかける。
「この量の相手と真正面から戦うつもりですか、コーリス殿」
「そうでないとあの者のもとへは辿り着かない、でしょう?」
アレクタリアはユキトに横顔を向けると、すぐに戻して刀の柄を握った。
「其方らを傷つけることは決してしない。だからこの一たびだけ、どうかご容赦を」
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