第48話 仲裁者

「くっ!!」


 機人は刀を払って強引に後ろに跳躍する。追り合っていたストレイフの長剣はそれを逃さず、彼女の左脚に深傷を負わせた。


 千切れんほどに伸ばされたユキトの指先は惜しくも仰け反った鎧の手前で空を切った。


「ダメ、か……!」


 両足を床について前傾姿勢になるユキト。


刪手さんしゅ、接近禁止」


 着地した機人は黒霞を発する左脚を気にしつつも、ユキトに対して刀の切っ先を突き立てて近づくことを許さない。


 ユキトの能力は既に機人にも知られていたようだ。


「しかし左の脚は頂いた、このまま畳みかければいずれは無力化も」


 一度も機人から目を離すことのないストレイフが体勢を整えて剣を持ち上げる。機人も床に立てた剣をあげて、ストレイフに対しても剣先を向ける。


 依然二人の間には戦の色香が漂う。互いの後ろ足がすれ、柄に力が入る。


「そこまで」


 どこからか落ち着いた男の声が聞こえ、向き合う剣がピタリと止まる。


「隊同士の決闘はご法度のはずだろう、何があったんだい」


 廊下から歩いて現れた男は機人のとなりに立ち、彼女の肩に手を置く。


「何故ここに……!」


 ストレイフが戦意を表したまま硬直する。


「誰だ?」

「アレクタリア・コーリス。第七師団の副官だよ」


 立ち尽くしたユキトに対してすぐ後ろまで来たリザルチが答える。


「そんな上の人間まで巡回に駆り出されてるのか?」

「そんなわけないよ。これはいよいよマズくなってきたね」


 彼は先にも見せなかった余裕のない表情で爪を噛む。


「違反者、不審行動、故に処罰」

「んー、なるほど」


 機人の隣に立つ男が前方にいるユキトら三人と壁にもたれて倒れている大柄な衛兵を順番に目を向ける。


「いいよ、後は俺が片づけとくから。君は配置に戻りな」

「心配不要、数瞬速決」


 殺気だった機人は副官とやらの言葉に耳を貸さず、ユキトらに向けた刃を下ろそうとはしない。


「これは命令だけど、もし聞けないなら強制することになる。君も俺もそれは望んでいないだろう?」

「……」


 副官は機人の構える刀の上に顔をもっていくと、オレンジベージュのショート髪から瞳をのぞかせて機人の面を映す。


「……承知、即時退却」


 沈黙の数秒後、不満げにも前方の二人へ構えていた刃を下ろした機人。彼女は面を一瞬だけ隣の男に向けると右足で大きく後ろに跳躍して廊下の闇に消えていった。


「ふぅ、さて」


 副官は機人へと振り返っていた体を元に戻し、ユキトたちの方に向き直る。


 口を固く結んだストレイフは姿勢を低めて、汗の伝う腕で剣を構える。リザルチは尖らせた目を正面に向けつつも、大きく唾をのみこむ。


 城内が夜の寒々しさを思い出す。身構えるよりも体が硬直する。


「それじゃあ今のうちに行こうか」


 態勢を整えた騎士らにかけられた言葉は戦意の欠片もないものだった。


「行く?」

「西の別塔だよ、そこへ向かっていたんだろう」


 腰の刀にも一切手をかけることなく、身を翻した男は振り返ってユキトらに朗らかな様子で問いかける。


 そこには露の殺気も感じられない。


「そら、急がないとまた別の子に見つかるよ」


 副官は足早に暗い廊下を進んでいく。


 現状をのみこめないユキトたちは疑いを持ちながらもとにかく副官の後を追う。


「君たちも別塔に用がある者達なんだろう」


 追いついたユキトに副団長は穏やかな口調で話しかける。


「も、ってことはアンタもそうなのか?」

「そうだよ。重臣会議の意見はあまりに早計だと思って、ついついいてもたってもいられなくなってしまって」


 立場が立場だし信じられなくても仕方ないよね、と前を向いたアレクタリアが苦笑いで頭を押さえる。


「私も気にはなったが、こちらを攻撃する意思は無い様だからとりあえずは安心しても良い。どちらにしろ戦えば負けは確定している、心配するだけ無駄だ」

「それにあの人、ああ見えて歴戦の戦人でもあるらしくて、隊内では仲間や民を一人とて見捨てはしない聖人としても知られてるんだ」


 ユキトの両側に立つ二人が前を歩く副官に聞こえない程度に小声でささやく。


 とりあえずは強力な味方がひとり増えたという見解でよいのだろうか。


「でもアンタもいいのか、こんなことバレたらマズいだろ」

「問題ないよ、ときには己の身より守らねばならないものもあるからね」


 副団長は首を回らして怪訝と疑惑の交わったユキトの顔に垂れ気味の赤瞳を向ける。その穏やかな風情からも何やら聖人と呼ばれる所以がわかる気がする。


 まあ、一国に仕える騎士としては少し疑問を覚えはするが……。

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