第47話 救出せよ! その3
赤銅色の鎧を引き斬ったストレイフはその勢いのまま空中で半回転すると、機人から離れていくように薄暗い地で膝を折って着地する。
ユキトの隣で一連を見ていたリザルチも良し、と小さく頷いて赤髪を揺らす。
その反応にユキトはようやく彼ら騎士の暗黙の連携に気が付き、目をむいて大きく息をのみこんだ。
「卑怯とは言ってくれるなよ、そんなことは重々理解している」
ストレイフが立ち上がって機人の方に振り返る。
「……遮光隠密、空間移動」
よろめく機人は剣を床に突き立てて膝をつかないように踏ん張る。刃を受けた背中には水平の傷が入っており、そこからは赤黒いかすみのようなものが溢れて宙で霧散している。
「こちらも手加減する余裕はない、すぐ決めさせてもらう」
剣を構えて追撃の姿勢を見せるストレイフに対し、機人は彼に背を向けたまま床に顔を向けたままである。
彼が走り出すと再度姿だけが光のなかで消える。能力を扱うリザルチも右手を腰の剣に伸ばして、機人がこちらへ強襲する可能性に備える。
掛ける騎士の足音が、消えた。ユキトにも彼がどこにいるかもうわからない。
「――理解、加減排除」
下に向けられていた機人の剣が彼女の左側を防ぐように、直ちに持ち上げられる。
次の瞬間、その剣は荷重がかかったように傾き、軋む高音とともに機人の身に着けた腰外套が大きく靡く。
「防がれた……!?」
身を隠したまま着地音と駆け音が鳴るが、その後も繰り返されるのは不連続に床を叩く靴の音と剣の交わる音ばかり。
騎士の剣身は機人にまるで届いていないようである。
「魔力探知ができる
剣の柄を押さえていた手を離して口もとに当てたリザルチがその白手袋の内で思い悩んだ小声でつぶやく。
「っつ!!」
斜めに斬り下ろした機人の白剣が透明の対象に接触し、床の擦れる音がどよめくと片膝をついたストレイフがユキトらの傍で姿をあらわにする。
ついに機人が彼を完璧にとらえてしまった。
「あちら、ストの位置から太刀筋までお見通しみたいだね」
「私たちの存在に勘付いた時点で考えていたが、よもやエーテルまで感知できるとは想定外だ」
「ホント、ばっちり相性悪いね」
ストレイフは剣を床に立てて立ち上がると浅い切り傷をつけた腕で剣先を相手に向ける。
深手を負っていたはずの機人は白剣を軽く振るって余裕を見せる。
機人の背中から現れ出ていた赤黒いかすみもほとんどおさまっており、広がっていた傷も塞がりつつあった。
どうしたものかな、とリザルチは軽く言いつつも橙の双眸は周囲の様子をつぶさに確認する。
「いっそ一旦ここから逃げちゃうのもありだと思うけど」
「あの機人と駆け比べする気か、交戦以上に勝ち目がないと思うが」
「ふふっ、だよね」
近くの階段に目線だけをやるリザルチが力ない笑いをあげる。
背後に道はなし。退路は唯一上り階段しかないが、相手は機動力にも長けた種族。高さのない城内で本領を出せないとはいえ、緋霄下で見せた異次元の挙動からも逃れられるなど到底思えない。
「まあ、戻ったところでフミさんのとこに辿り着けなかったら全部水の泡だし。こうなった時点で突破以外に道はないよね」
「もしかして無理やりにでも突っ切るつもりなのか?」
「ああ、せめて君だけでも通すつもりだよ」
呆気にとられたような顔をするユキトにリザルチが優しい目で微笑みかけた。
「スト、相手の鞘は何本あった?」
「腰布の下に二本だ、それ以外はどこにも」
「りょうかい。それじゃふたりとも、両サイドからあの機人の横を突破するように走って。詳しいことは僕がやるから」
「……もつんだろうな」
「最長三秒ってとこ、まあ彼はストみたく飛び回らないから失敗はしないよ」
ユキトの理解しがたいやり取りが行われた後、リザルチの向ける視線を背後で受けつつストレイフは小さく顎を引く。
「ほら、しっかり掴んでおきなよ。念のための護身用だ」
「いや、どうするつもり、うおっ」
何も呑み込めていないユキトはリザルチから腰に差していた剣を抜き身のまま手渡されると、そのまま背中を軽く叩かれ、構えたストレイフの隣まで押し出しされた。
「ハッタリだよ、数瞬のためのね」
振り返ったユキトの黒瞳にリザルチの顔が映る。機人に向けられた彼の顔は微笑みつつもどこか真剣なものを感じた。
「大丈夫大丈夫、僕にもまだちょっとした奥の手があるから。とにかくユキトくんは真っすぐ走ってくれたらいい、何なら倒してくれてもいいんだよ?」
「無理に決まってるっての……」
訝しんだ表情のユキトにリザルチは目じりを下げて冗談っぽく笑ってみせる。
「安心しろ、アイツは見た目よりは信頼してもいい奴だ」
「は、はぁ」
常に機人を見据えたストレイフがユキトに呟く。彼の言葉に戸惑い気味ながらユキトは少しだけ時間をためて首を縦に振った。
「よし、それじゃ行こうか」
リザルチの言葉に後押しされるようにして、不可視化したユキトとストレイフは機人の立つ先へと一斉に駆け出した。
「?」
二人が駆け出した瞬間も余裕を持って待ち構えていた機人の剣先がピクリと動き、意外にも何かを警戒するように面が小さく左右を確認する。
機人の意識は明らかにユキトが走る内壁側に向けられていた。
「……気配消失」
機人が小さく声を漏らす。その時、ようやくユキトはある違和感に気が付いた。
床を踏む靴音が一つだけしか聞こえない。それも消えているのは自分のものだ。
機人はユキトを警戒したのでない、魔力を含めすべて消失した存在に対して警戒したのだ。
対応を迫られた機人は迫る二人を迎撃するわけでもなく、後退するわけでもない。自分の前に真っすぐと手を伸ばした。
刹那、後方の壁から物音が鳴り、金物を引きずる音がこだまする。
「だろうねっ!!」
異変に気付いたリザルチは体を反し、手を添えていた鞘を構えた。両手で支える茶の鞘に衝突したのは初めにストレイフの頬を掠めた剣であった。
「引き戻せないものを投げるなんて迂闊な事は、しないだろうさっ!」
「った!!」
ユキトよりも一歩先を走っていたストレイフが姿を表し、瞬間的な移動で距離を縮めた彼は機人の左側から縦に大きく斬りかかる。機人は右に持っていた白剣を左手に持ち帰ると難なくこれを防ぐ。
しかし、これこそがリザルチの狙いであろう。
予想外なユキトの完全消失、そして二本の剣の封じ。そこに生まれるわずかな隙はユキトが安全に機人を突破するに十分。
お膳立ては十分、あとは走り抜けるだけ。
「何っ!?」
機人は空になった右手を急遽、腰外套の内に忍ばせると何かを取り出す。
露わになった右手にはあろうはずもない刀、それも刃だけで機人の背丈はあろうかという長物が逆手で握られていた。
「三本目……いや充填式か! 無尽蔵かコイツの魔力はっ!」
剣に体重をかけて行動を制限するストレイフが言葉を漏らす。
右手の刀はユキトが通り過ぎようとする道に立ちふさがる。
体感ではあと一歩先で三秒というところ、このままいくとおそらく機人の横を過ぎる直前に透明化が解けて姿が表れてしまう。片手といえ機人を相手に出鱈目な剣捌きで押し切れるはずもない。
斬られるか、退くか。
「――いいや、まだいける」
赤髪の騎士はそうつぶやいた。
「!?」
時間がきれ、駆けるユキトの姿が指先から元の色に染まりなおされる。
まだ色のない彼の脚は床を蹴り出し、不格好にも伸ばした剣で長物の刀を上から押さえる。
だが伸ばした手先も視線も廊下の奥を向かってはいない。
跳躍先、そこは機人本体だった。
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