第17話 絶望を砕く脆弱な手

「うぐぁっっ!!」


 格子に触れた手から全身を電流が走ったかのような激痛が生じ、稲光を発した棒からすぐに手を離す。


「ちょっ、何してるの!」


 苦悶の表情を浮かべるユキトに面を食らったメイ。自殺行為にも等しい行動だ、驚くのも無理はない。


「意味なく触ったわけじゃないですよ、ちゃんと考えはあります」

「考え?」

「塔での件は不確かですけど、青の獣人に異変が生じたときから不思議には思ってました。塔の損壊も獣人の握力低下も、俺が触ってから起こったこと。もしかしたら俺には触れた対象の能力なりを封じる力が与えられてるのかもって」

「それだけを根拠に碧絶岩へ触ったの……?」

「博打も大博打ですけど、遠回しにですがそれに近いお願いをレクリム様にしましたから、あながち間違いでもないかなと思ったんです」


 ヒリヒリと痺れた手は小刻みに震える。かなり抑えているが誰もいなければ転げまわって悶絶するほどに痛い。


「でも、魔力を奪われたってことは違ったってことよね」

「格子の無力化には失敗しました。けど、もう一つの可能性は残ってます」


 勿体ぶるユキトが知らぬ間に羽を光らせた白蝶に顔を向ける。

 彼の言葉を察した白蝶は牢屋へと接近し、格子の間を通り抜ける。しかし蝶の体は消失することなくユキトの身体に辿り着き、周囲を優雅に羽ばたく。


「魔力体が、牢屋の中に入った……」

「俺の能力は無効化するほど強力ではなかったようですけど、能力の一部なら低減・封印できるみたいです」

「つまり牢屋の基礎機能だった魔力の吸収範囲を狭めたってこと?」


 白黒とさせた目で牢内を舞う蝶を目で追従するメイは呟く。


 獣人に振れた際、握力だけが低減し脚力は下がらなかった。そこから自身の能力は対象の無力化でなく一部を低減するものだと推察したのだ。


「でも檻は魔術を使っても壊せないまま、自力での脱出は出来ないはず」

「はい、初めから格子を破壊するつもりはありませんでしたから」


 ユキトはまだ鈍くて重い体を持ち上げると、格子に背を向けて牢の奥へと歩く。


「壊すのは、こっちです」


 足を止めた彼の眼前にそびえるは鈍色にびいろの壁。ユキトはその頑丈な障害を見つめる。


「この壁を破壊してミズキを助ける。それでもってメイさんに牢屋のカギを開けてもらって、ここにいる全員で脱出する。それが俺の腹積もりです」


 振り返ってメイに顔を合わせる。彼女は憮然とした様子でユキトを眺める。


「ここにいる……全員……いいの?」

「あの話を聞いてメイさんたちを置いていけるのは天邪鬼あまのじゃくくらいですよ。それに中途半端な救われ方は嫌なんです、どうせ助かるなら全員が助かるハッピーエンドのほうがいいじゃないですか」


 きょとんとした顔のメイに歯を見せてユキトは笑いかける。我ながら似合わないことをしている自覚はあるが、変に照れて曲がったことを言うより本心を貫いた方がマシである。


「とにかく、きちんとここを破壊できたら牢を開けてもらいますからね」

「約束する……だからお願い、ミズキを助けて欲しい」


 メイの望みを確認すると、忌まわしき鈍色の壁へと向き直った。


「白蝶の人、あれだけ戦う気満々だったなら攻撃魔術の一つくらい持ってるよな」

「当然です、私なら向こうの肩に傷一つつけることなくこの壁を破ってみせられます」

「何とも心強い限り」


 一つ深呼吸した後、堅さを想像しながら壁に手のひらをピタリと押し当てる。


「これで硬化の魔術ってのも弱くなったはず、あとは頼んだ」


 ユキトが二歩下がると、白蝶は壁に相対するように飛び向かう。はためく羽には文字が浮かび上がって光り出す。


「っ!!」


 爆裂音が地下牢に響き渡り、壁から黒煙と風が吹き荒れる。その勢いや凄まじく、衝撃に煽られる身体が背後の格子まで飛ばされぬよう踏ん張ることで精いっぱいだった。


 次第に薄れる煙の向こうで、石の壁がその様相を呈し始める。


 壁にはほんの少し腰を折れば通れる大穴が開けられていた。いびつな穴の縁からはコロッと欠片の落ちる音は鳴り続ける。


「ちょっと勢い強すぎやしないか、ミズキまで吹き飛んでるなんてことないよな……?」

「安心してください、そのような下手は打ちません」


 大穴から隣の牢の様子がうかがう。壁に攻撃するときに魔術で仕切でも作っていたのだろうか、粉々になった石のかけらは全て壁に近い床で異様な積もり方をしている。

 その堆積した破片を超えた先には、横になった少女の姿があった。


「ミズキっ!」


 牢屋の戸を開けたメイは鍵と革の手袋を放り、一目散に穴を跨いでミズキのもとへと駆け寄る。


「……メイ?」


 ミズキは薄く開いた茶の目でメイの顔を認める。脱力している彼女の身体をメイが強く抱き寄せる。


「後ろの二人に助けてもらったの。あと少しでここから出られるから、それまでがんばって……?」


 意識の朦朧としたミズキを励まそうと明るい声で気丈に振舞うメイ。その赤髪にミズキが随分と薄くなった手をやさしくのせる。


「ありがとね……メイ……ここまで頑張ってくれて……」

「違うよ、助けることが出来たのは全部周りの人のおかげ、結局あたしはミズキのために何も」

「何もやってなかったら……わたしはもういないって……。獣の掻傷、無茶な特訓で負った火傷、やせ我慢して牢のわたしよりも低くなった魔力……。全部知ってるんだよ」


 ミズキのおぼつかない手が赤髪をやさしく撫でる。


「だからもう大丈夫だよ……無理に強がらなくていいんだよ……メイが十分頑張ってたの、わたし知ってるからさ……」


 その言葉が届いた瞬間、メイの上につった口角は下がり、頬に雫が流れた。

 メイはずり落ちるようにしてミズキの胴に顔をうずめる。


「ごめん、やっぱりあたし、まだ弱いね……」

「いいんだよ。お互い、これから強くなっていこうね」


 肩は小さく震え、微かな嗚咽が部屋を埋める。そんな彼女を、ミズキは微笑みながら慈しむように撫でた。


「……あの、いい感じの雰囲気の中に申し訳ないんですけど」


 しばらく経ってから身体を寄せ合う二人に声をかける。


「食べ物とかもらえたりしませんか、身体がだんだん透け始めてて、意識もちょっと遠くなりかけてまして……」

「ああっ、ごめん、忘れてた! いま持ってくるから!」


 ふらふらと身体がもたついて、大の字に床へと倒れる。誰と激戦を繰り広げたわけでもなく、やったことを言えばものに触れただけ。たったそれだけのことでこのザマとは何とも不甲斐ない。


 ミズキをゆっくりと体から離して立ち上がるメイが視界に移る。振り返った彼女の顔は灯りによって照らされている。


「どうしたの、何か顔についてる?」

「いや、何でもありません」


 濡れた頬を拭ったメイは不思議そうに首を傾げた後、横臥したユキトの上を跨いで牢屋の外へ急いだ。


「笑って、いるのですか」


 上向いたユキトの頭上で白蝶が八の字を描く。


「何というか、ようやくメイさんの顔がちゃんと拝めたと思ってさ」


 天井を見つめて大きく息を吸う。彼女の振り向き顔を思い出すと充足感が身体を満たす。痛みは伴ったが、それだけの見返りはあったと満足げに息を吐いた。


「何と言いますか、普通に発言が気持ち悪いですね」

「……台無しだよ」

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