第18話 いざ、皆で地上へ

「にしてもこんな形で願いが実現してるとはなあ」


 メイからもらった肉を胃に通しながら己の手を食い入るように見つめる。


 対象の持つ力を低減・封印する能力――これはいわゆる「最強がいない」と「努力次第で強くなれる」が湾曲しまくった結果に神様から賜ったものなのだろう。確かに相手の能力を下げれば弱体化はするし相対的に強くなれるかもしれないが、それに対して発動条件があまりに難題が過ぎる。

 ただでさえ接近の難しいであろう強敵相手に触れなければ能力は発動せず、効いても一部が弱体化するだけ。リスクを考えたらリターンは塵に等しい。


 神が気まぐれで作ったような能力に進化の期待との意を込めて「刪手」と名付けた。是非とも名前負けしない力に成長してほしいと親のような気分も芽生える。


「皆さん、そろそろこの場を離れる準備を。外には誰もいませんが、いつツァーラートとやらが戻ってくるかわかりませんので」


 白蝶の忠告を聞き入れたユキトは木皿の肉をかきこむ。すべて食べ切った頃にはずいぶんと体調も元に戻り、体の透けもなくなっていた。これで魔力切れによる絶命なんて最悪なオチは免れそうだ。


「あ、それならちょっとだけ待ってくれないか」


 牢の外へと羽ばたく白蝶に待ったをかける。ここから脱出するならイリーシャのことを置いていくわけにはいかない。


「下階の方でしたら、もう部屋にはいらっしゃらないようですよ」

「え、もういない?」


 扉からイリ-シャのいた極寒の部屋に向かおうとする足を止めて白蝶へと振り向く。


「牢の魔力を測ったときにはすでに階段に足をかけて上っていました。おそらく下にはいないでしょう」

「アイツ、全部見越して一人でさっさと逃げやがったな……!」


 拳を握り締めて、明後日の方向にしかめっ面を向ける。会ったら一発小突くつもりだったが、残念ながら次回に持ち越されてしまった。


 本当にあの水色パッツン少女は可愛げもなく自由である。


「じゃ俺たちもさっさとここからずらかるとしますか」


 行き場を失った拳を下ろして牢に戻り、メイと彼女に寄り掛かるミズキに近寄る。ミズキもまだ完璧に体を動かすことは難しいが、体の透けはもう見られない。


「えへへ、悪いね初対面なのに」

「いや、全然大丈夫……!」


 遠慮がちに微笑むミズキを背負うユキトはプルプルと震える足を収めつつ前進する。ミズキは小柄で軽い方だが、ユキトは能力の関係で手が使えないため腰を必要以上に折ってミズキを背に乗せているに近い状況。必要以上に力が背中にかかっているのである。


 メイは今にも「代わろうか」といいそうな顔でユキトを心配そうに見る。その細い腕はミズキの金属の胴当てを軽々と持つが、鎧を腕に抱えるのも重いに決まっている。何よりここで代わってもらっては男としての名が廃る。


「それにしても、ユキト君はどうしてミズキの存在に気が付いたの?」


 扉を抜けて横幅の狭い階段を横並びに登りながらメイは尋ねる。


「全部俺の想定通り、って言えたら良かったんですけどね。八割くらいはイリーシャからもらった情報のおかげです」

「イリーシャが?」


 思いもよらない人の名前が口から出たことにメイは目を丸くする。彼女にはイリーシャとの一件について一言も話していないので驚くのも当然である。


「まあ色々あって話をしたんです。それが無かったら隣に人がいると気が付きませんでしたし、もし分かってもスルーしてたと思います」

「しかし、隣の牢人がメイに近しい人だと判断したのはどうしてなのですか」

「それは、そいつのおかげ」


 そういって高さのある階段を一段ずつ足をかけるメイの腰元を目で示す。


「長剣ですか」

「接近された時の対処用って話でしたけど、一瞬で獣人に距離を詰められたのに一切剣に手が伸びなかったことが気になったんです。その後も使用するのは炎術ばかりでしたし、炎術に自信があるならわざわざ長剣なんて立派なものをこさえなくてもいいのにって」

「それで長剣には別の意味があると考えたんですか、案外当て推量だったんですね」

「いいだろうが結果オーライだし、こういう時は妄想力がモノを言うんだよ」


 二人を先導するように前方を飛翔する白蝶に痛いところを突かれたユキトは苦い顔をする。


「でも正解、これはあたしにとってのお守り。身に着けてたらすぐそばにミズキがついていてくれてるような気がして勇気が出たの」


 メイは我が子の背中をさするように剣の鞘をやさしく撫でる。それに加え、いつの間にか話し方も変わっていることにも気づく。おそらくは元々使っていたであろう口調に戻ったのだろう。


「なんだかんだ言ってもやっぱりイリーシャのおかげです。性格に難はあるけど、彼女がいなければ今ごろまだ牢の中だったろうし」

「あの子、結局目的は何だったんだろう」

「方法と結果がどうとか言ってましたけど、こうなることは見越した上での助言でしょうし、目的は達成したと思いますよ。案外メイさんたちが脱出することだったり」

「それは無いと思うけど……また会うことがあったら、感謝しないとね」


 どこか遠い目をするメイ。短い付き合いとはいえ何か月も一緒に居たのだから、思い入れは人一倍強いに違いない。


「その前に、ユキト君にはきちんと謝らないとね。こんなことに巻き込んじゃって、本当にごめんなさい」

「別にいいですよ、メイさんには獣人から助けてもらいましたしお相子ですよ」


 ユキトの一段下で足を止めて頭を下げるメイに首を横に振ってみせるが、メイの顔は晴れない。


「もし何だったら今度の機会に炎術を教えてください、今の能力だけだとさすがに不安なんで」

「もちろん、それでいいならお安い御用よ」

「ならわたしは剣術を教えてあげる、我流だけど素早い獣くらいなら倒せるよ!」

「ああ、楽しみにしてる」


 背負ったミズキへ顔をあげ、歯を見せて笑う。メイに気を負わせずに己も強くなれるのならこれ以上のことはない。


「ユキト君は、優しいんだね」

「メイさんほどじゃないですよ」

「あたし?」


 階段の先に顔を向き直して段に足を踏みしめるユキトにメイは首を傾げる。


「『本心は背中に根を張る』居候先の先生がよく口にしてた言葉です。人の本心は言葉の裏やふとした行動に表れるって意味らしいです。俺が不用意に格子を触ろうとしたときから、メイさんの背中からは不思議と常に優しさを感じたんです。まあ牢屋に入れられた時はさすがに怖かったですけど」


 照れ隠しを含んだ笑顔で頬を指で掻く。いつもはその話をされる側の人間だったのでいざ口に出すと自分の柄ではないと恥ずかしくなる。


「君の優しさは背中を見ずともわかる、その先生も君に似て優しい人だったんだろうね」

「あの人は優しすぎるくらいですけどね。野切先生、元気だったらいいんだけどな」


 前世に残した師を懐かしむうちに広くなった最上段に到達する。メイが左手側にある木壁に手を添えると、壁は重い石像を動かしたように大きな音を立てて道を開ける。そうして開かれた出口の向こうには訪れたときと同じ小屋の景色が広がっていた。

 摩擦によって出来た床の黒い傷を踏みしめて振り返る。移動していた木の壁は食器の入った大きな木棚であった。


 ギシギシと木板の軋む音が歩くたびに鳴る部屋を、足早に扉の方角へと向かってドアノブに手をかける。

 ミズキが眩しそうに眼を細めて、その様子を見たメイがにこりと微笑む。ユキトも久しい陽の光を手笠で遮って前を向く。


「そこから真っすぐ進んで森に入ってください。そこからはこちらで案内します」


 扉を開けると再び白蝶が先頭に立って先を進む。


「なあ、すこーしだけ期待を込めて訊くんだけど、アンタが迎えに来てくれたりはしないのか」

「それはイヤです」

「だよな……」


 白蝶の中の人はなぜかはわからないが、どうしても顔を合わせる気が無いらしい。面と向かって礼を言いたいところだが、彼女がそれを好まないのなら仕方がない。


 ともかく安全な場所へとたどり着くことが出来たらミッション完了だ。いろいろと疑問点は残っているがそんなことは後回し、今は一刻も早くここから離れることが第一である。


「って、うお!」


 考え事にふけりながら歩いていると、前を飛んでいた白蝶と顔がぶつかりかける。


「お二人、少々足を止めてください」


 白蝶は身体を翻してその場で羽ばたき続ける。


「何言ってんだよ、さっさと歩いて着いちまったほうがいいだろ。それとも飛び続けるのに疲れたなんてことはないよな」

「様子がおかしいのです、その先の道に何かが――きゃっ!!」


 突然、白蝶が叫声を発する。


 そして次の瞬間、白蝶はその形を失い数枚の紙となって周囲に散らばった。


「白蝶っ!?」


 空中を舞う紙をミズキが掴む。文字の書かれたそれらからは何の反応も感じられず、問いかけるも少女の声も聞こえない。


「――っ!!」


 ドサッ、と前方の木影から何かが落ちた物音が生じたと思うと、メイがひどく震えた手で口を押さえる。青ざめ、異様なほど見開いた彼女の目は物音がした方角を見つめている。


 その視線を辿るようにしてゆっくりと首をひねって先を見る。


「――は」


 目線の先、その地には













 ――虚ろな目をしたイリーシャの、真赤に染まった体が転がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る