第19話 途絶えた希望
唖然として立ち尽くし、息のない少女に目を剥く。白の衣服は
抱えていた鎧は地に落としたメイは、空気のような声を発して力なく地面に座り込む。
何故、どうして。
わからない、理解したくない。
思考が、ショートする。
「あと少しだった、だが無駄だ」
男の声が森の奥よりユキトらの耳に届く。濃い木々の影からは背の高く眼鏡をかけた細身の男が姿を現した。
「不用心にここから離れるわけがないだろう、君たちが逃走を図ろうとしてもすぐ感知できるようにはしていたのだよ」
「ツァーラート……っ!」
メイはイリーシャの体を跨いでユキトたちに近づく長身の男を見て声を漏らす。ツァーラートと呼ばれる男の手には欠損していたイリーシャのものであろう腕が握られていた。
「男の方は知らない顔だが、娘どもの脱出を
飛翔する炎弾がツァーラートの傍を掠り、言葉を遮る。
「ごめんユキト君、ミズキのことをお願い」
ツァーラートへかざした手を下ろし、メイは立ち上がる。彼女の横顔には憎悪と憤怒で満ちていた。
「炎の娘か、少しはマシに扱えるようになったようだな」
「悪いけどアンタの癪に障る声を聞いてられる余裕はないっ!」
動揺を見せない男と対峙したメイは瞬く間に両手から炎を発現させて射出する。人頭大の炎弾は一瞬でツァーラートへ着弾し、爆音とともに煙を散らした。
「威力も、悪くはない」
しかし立ち込める煙は薙ぎ払われ、ツァーラートは無傷のまま姿を現す。男のすぐ足元には能力であろう黒い物体が砕け散っており、メイも余裕の男に驚いた様子はない。
「ならばこちらとしても力を使わないわけにはいかないな」
ツァーラートの立つ周囲から何者かが数体、地をもがいて這い出る。
男を取り囲むように現れたのは漆黒の色をした骸骨であった。あれが、メイたちが襲撃されたときに目撃したであろう人影の正体だ。
黒い骸はツァーラートの顎で指す合図に従って一斉にメイへと疾駆する。しかしメイは迫りくる骸をじっと目視したまま、手のひらを突き出す様子を見せない。
「――イグニ」
メイの呟きに呼応して炎の塊が黒骸の数と同じだけ宙に発生する。
浮遊する複数の炎弾は空を切って黒い骸を的確に狙撃し、撃墜された骸は音を立てて崩壊した。
「空中での複数発現をこの短期間で習得するとは大したものだ」
「それくらいしないとアンタは倒せないからっ!」
十数発もの炎が直立のまま動かぬツァーラートを狙って集中砲火。熾烈な猛攻には一切の容赦などなく、生身の人間であれば跡形もない。
「しかし足らん、やはり程度の知れた苦痛では成長にも限界がある」
立ち込めた煙の中からは無数の黒骸によって形成された骸の壁が出現し、役目を終えたそれは脆く崩れ去っていく。
骸の屑が地に呑まれると同じく、再び
「奇跡を賜ったこの身に
「危ないっ!」
ミズキを背中から下ろしたユキトはメイの背後に接近する黒色骸を肩で跳ねのける。押し飛ばされた骸は乾いた音を鳴らして地面に倒れるが、さすがにそれでは砕け散らない。
「君、これを使って!」
背後のミズキはメイの腰から長剣を抜くと、起き上がる黒色骸から距離を取ろうとするユキトの足元に投げた。
「いいのか、壊れてしまうかもしれないぞ」
「そんなこと言ってる場合じゃないって、来るよ!」
起き上がった黒色骸はユキトに対して腕を振り当てようとする。咄嗟に剣を拾うユキトは対峙する黒色骸に力一杯横に振る。
ガランッ、と甲高い音を鳴らして骸の背骨は真っ二つに断たれ、その切断面から地面に溶けるように砕けて消失する。
ユキトとメイはミズキを間に挟むようにして背を向け合い、迫る黒色骸と応戦する。だが黒色骸の数は一向に減少する気配がなく、絶え間ない波状攻撃を仕掛けられる。
「しまっ」
黒色骸へ切りかかろうと剣を構えたとき、気づかぬ間に接近を許してしまった別の骸から素早く蹴りを浴びせられ、手元の剣が飛ばされる。
すぐさま腕を構えて守りの体勢に移ったが黒色骸による腕の横払いは重く、メイらから離れた場所へと吹っ飛ばされ剣の元に転げる。
「ユキトく――っ!」
気をとられたメイに黒色骸が正面から一瞬間で接近する。何とか炎弾を黒色骸に当てて破壊することは出来たが、それより先に骸の鋭い指先がメイの身体を深く傷つける。
メイは片膝を地面につけて何とか踏みこたえるも炎弾に乱れが表れだしている。
早く戻らねばとうつ伏せの体を持ち上げるユキトに黒色骸の影が伸びる。
「があっぁ!!」
骸の足がユキトの背を踏みつけ腹部が地に強く打ち付けられる。身は反れ口からは掠れた苦鳴と体液が飛び出す。足骨の細さからは想像できないほど強い力で体を圧迫され、生温い感触が口もとを伝って草を赤く色めかせる。
「所詮は外れ者の集い、取るに足らない烏合の衆。だからこそ進化には最適である」
ツァーラートは手を後ろに組み地に伏せるユキトへと真っすぐ近づく。
「事情が変わってな、あの娘どもも含めて事態を知る者は全て消すことになった。気の毒だが君たちには去絶してもらう」
「やっぱり、収集が終わっても解放するつもりはなかったってか……!」
「そのような取り決めは一言も言っていないからな」
歯を食いしばって顔をあげると睨んだ双眸は余裕綽々な男の顔を捉える。メイの炎弾は彼をユキトに近づけまいと狙うが、地から生え出る骸の壁がその攻撃を阻む。
「まずは君から始めよう。なに、奇跡が生じれば君は生き残る。奇跡を起こすに足る器であればの話であるが」
「調子良いことばっか――言ってんじゃねぇ!」
黒色骸の足を後ろ手に掴む。
「俺は、死に物狂いで頑張ってるやつの後ろで、胡坐かいて薄ら笑ってるテメエみたいな人間がただでさえ嫌いなんだよ。その上で用済みだから切り捨てるってか……ざけてんじゃねえ、ぞっ!」
脚力の弱まった骸の足を再度把持し、背を持ち上げると一気に地面へたたきつける。
「イリーシャに手をかけた時点で腹は決まってんだよ。テメエだけは絶対に倒す!」
転がった剣を持ち、見下す男に侮蔑の視線を向けて立ち上がる。背中の痛みを怒りがかき消す。
「良い憎悪だ、やり方次第では十二分に奇跡の器となりえる。変更しよう、君は一度確保する」
ツァーラートが歩みを止めるとユキトの目の前に二体の黒色骸が現れる。それだけでない、周囲を取り囲む無数の骸が今にも襲い掛からんと騒めき始める。
何十もの相手に迫られては、どう足掻くこともできない。
絶望と気丈に堅く拳を握った。
「――
凛々しい声を皮切りに辺りを囲う黒骸の足元から一斉に火の手が上がった。勢いは正しく烈火のごとく、中央に位置するユキトすら焼き切られるかと思うほどの熱量が放たれる。
火柱が落ち着いたときには、無数に存在した骸の集団は跡形も無く焼失していた。
「これは、そうか」
ツァーラートの後ろ側から何者かがこちらに歩いてくる姿が見える。男は口角を上げてその者の方へと振り返る。
男の目線の先にはあの、ノルカーガで出会った黒羽檻を着た小柄な少女が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます