第25話 平静を取り戻した森にて
殺伐とした喧騒は骸とともに消え、代わりに見るからに獰猛な獣や存在だけで場を癒すような小動物が森林のなか駆け回る。ユキトとフミはアルフェイムという国に向かうため、その森の中を西へとひたすらに歩を進めていた。
アルフェイムにはフミの知人がおり、宿貸しに近いことを行っているという。フミは訳あってそこで一晩泊まる予定だったらしく、ユキトもとある頼み事を聞く代わりに宿泊できるよう口利きしてもらえる運びとなった。
「ですが、私が行うのはそこまでです。頼みごとを終えて夜が明ければ私たちは赤の他人、いいですね」
「何回も言わなくたってわかってるよ」
先ほどから少女は執拗に他人であることを主張する。
人と一緒にいるのが苦痛でたまらない性格なのかもしれないが、釘を刺されているようで無性に心が辛くなる。
だが、今のユキトにはそれよりも気になる点があった。
「なあ、アルフェイムへ行くには本当にこんだけかかるのか? もう日も落ちてくる頃だけど」
木々に包まれた空間を斜陽が赤く焼き始め、木の葉の間からは白くやせ細った夕月が空に映る。しかし周囲の景色は一向に変化がなく、整備された道すら現れない。
そして少女は、口をつぐんだまま渋い顔。
「まさか、迷ったとか」
「そ、そんなことありません、西へ向かうだけなんですよ。迷うわけありません」
少しムキになって語調を強めるフミだが、先ほどから不安な顔に汗を流しているのはバレバレである。
熾烈な激闘もあって忘れていたが、この少女はほんの少しドジなのである。西に向かうと言っても見渡しの悪い場所だ、永遠と同じの場所をぐるぐる歩いている可能性も無いとは言えない。
メイと同じ感覚で道案内を頼んでしまったユキトも悪いが、このままでは真っ暗な森の中での野宿も免れない。
「何か手立てがあればな……あ?」
何の気なしに懐を探ると薄くて少し硬いものが指先に当たった。艶のある手のひら大のそれを指で摘まんで顔の前に持ってくる。
小さな厚紙の正体はジョージから別れ際に手渡された名刺(?)であった。
厚紙を穴が開くほどじっくりと観察するが、表にはやはり車夫の名前が、裏には幸せ自慢なのか彼の家族写真が印刷されているだけである。何度見返しても彼を呼び出す方法も電話番号のようなものも記載されていない。
「ジョージの名刺じゃないですか」
思案顔のフミが名刺の存在に気が付き、暗がりで明りを見つけた子供のように目の奥を輝かせた。
「知ってるのか?」
「はい、よくお世話になっているので」
背を伸ばして覗き込むフミに名刺を手渡す。
「ジョージを呼べたらと思ったんだけど、やり方も番号的なのも書いてないから困ってたんだ」
「呼出なら私がやりましょう、彼であれば陽が沈む前にアルフェイムに届けてくれると思います。ですが本当に呼んでも大丈夫ですか?」
「何のことだ?」
フミの言葉に対して首を傾げるユキト。その様子に「あなたが大丈夫なら」と呟いた後、彼女はうんと小さい掌に名刺をのせて、紙の余白を人差し指で軽く押す。
指を置いた部分から藤色の淡い光が放たれ、暗くなり始める木陰に満ちた。
発光して数秒後、後方から何か地響きが鳴り出す。
地響きは次第に近づいて来ると、ガガッと堅いものが土を削る音を上げる。
神秘的に召喚された発音体はユキトたちの横を過ぎたところで止まり、前時代的な乗り物は急停止による圧で壊れるかと思うくらいに曲がってガタンと地面に両輪をつけた。
「誰に呼ばれたかと思えばユキトか、よく呼び方が分かったな!」
腰を伸ばせば枝葉にあたりそうな頭を半回転させるジョージは、彼の派手な登場にぎこちなく口もとを歪ませながらも手を振るユキトを見下ろす。
「私が呼んだのです、ジョージ」
巨人は首をさらに捻ると、鋭い
「おいおい、フミが誰かと外を歩くなんて珍しいじゃねえか。何かあったのか?」
「成り行きでアルフェイムまで同行することになったのです。もし帰宅する途中ならこの方とアルフェイムまで乗せてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「全然いいぜ。ほら、乗った乗った」
ひとつ返事で快諾するジョージ。見た目は少し強面だがやはり人間よりも人間味あふれたトロールだ。器の広さはどこかアニキ感を覚えさせる。
「乗ったか? じゃあしっかり掴まっとけよ」
二人がが荷車に乗ったことをしり目に確認したジョージは、自身の周りを囲む木製のハンドルを握って姿勢を低く保つ。
その格好に、ユキトの脳裏を嫌な記憶と予感が
ノルカーガから脱出したときの、全身の気液が
「ジョージ、急いでくれるのはありがたいんだけど別に走らなくても大丈夫」
「ああ、お前さんたちは森の中で見えなかったかもしれねえが、山の方からデカい雲が流れて来てんだ。早く着かねえと雨に降られるかもだぜ」
「でも今俺たち見た目以上にケガしてるっていうか、最悪口から魔力漏らすかもっていうか」
「安心しろって、ちゃんと安全運転で行くからよ」
命乞いにも近いユキトの言葉も巨人の耳には届かず、ジョージはさらに体を縮めて疾駆の体勢を整える。
フミは「やっぱり」と言いたげな表情で既に荷車の端をしっかりとつかんでいる。
「んじゃ、いくぜっ!」
「いやちょっとまああぁぁーーーっ!」
静止の声も虚しく巨人の重心は前方へ移動、荷車は爆風のごときスピードで発射した。
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