第21話 緋霄《ひしょう》

「大丈夫か?」

「傷は深くありません。気配を感じた瞬間に背を反らしたので」


 少女は口もとを歪ませて踏みこたえる。辺り一面の草地はいつの間にか全て黒色骸で埋め尽くされ、気味の悪い無数の髑髏はユキトを見つめているように錯覚させる。


「アイツ、さっき消え去ったんじゃ」

「おそらく超回復のたぐいでしょう、魔力が完全に消えたので油断しました」


 黒羽織に手を入れ紙を取り出そうとする少女。しかし、いくら内を探るも紙は手にかからない。


 少女はハッとした表情で、ツァーラートに顔を向ける。


「先の攻撃、狙いは紙の方でしたか……!」

「紙の在処は確認済み、不意を打てば破くのは容易いっ!」


 手を大きく振りかぶったツァーラートがユキトと少女に対して振る。少女は着ていた黒羽織を脱いで文字を殴り書き、前方に広げて攻撃を防ごうとする。


 だが光る文字を宿した黒布はいとも容易く押しのけられ、二人は布とともに薙ぎ払われてしまう。


「ルーン魔術師の弱点は起筆する得意媒体を失うこと、刻筆師とてそれは同じ。紙を失った時点で君の敗北は決まったようなものだ」


 ユキトらが倒れる地面の黒色骸がガラガラと音を鳴らして一斉に揺れ始める。嫌な予感を察知したユキトは急いで体を起こして少女に目を向ける。打ち所が悪かったか、苦痛に歪む彼女の仰臥ぎょうがした体はすぐに動けず、手を伸ばした骸の群に呑みこまれてかけていた。


「手を出せっ!」


 ユキトの声に少女は埋没しかけた腕を何とか地表に出す。白く細い腕をありったけの力で引き上げると、彼女の体は骸を引きはがして黒海を脱する。


 少女を助け出すことには成功したが、ガラスの衝突し合うような騒音は鳴り止むどころか遠くからも聞こえてくる。

 まさかと思い視線を動かすと、メイたちの足元でも同様に地の黒色骸が揺れ動く。メイはミズキを護りながら炎術で対抗するが、二人の身は徐々に沈み続ける。


「メイっ、ミズキっ!」


 地面から生えた骸の手に掴まれないよう踏み抜きながら二人の名を叫んで駆け寄ろうとするが、一所にたかる黒色骸は彼女たちの身をほとんど覆い隠してしまう。


 その刹那、抜き出た手がメイの頭を鷲掴み、一瞬で黒海へと引き入れた。


「くっ……!」


 メイたちの身を案じる間も与えずに地面は揺れ動く。ユキトは破けた黒羽織を持った少女と片手で持つには重い長剣を手にうごめく地に足をとられぬよう走り続ける。


「あの能力に何か弱点はないのか?」

「たいていの超回復は強力な魔力源から魔力を供給されることで復活を成し遂げます。倒すには魔力源そのものと本体を同時に討つか、回復時にあらわれるパスを断つしかありません。が、先ほどの気配の現れ方から察するに回復は一瞬、パスが顕れるのも一瞬でしょう」

「即時復活が何回も可能、その上討伐できる隙も一瞬って、チートもいいところだな」


 大量の黒色骸の上にあるツァーラートの抜け殻を横目に考えを巡らせる。


「……けどひとつだけ、可能性ならある」


 数秒の後、弧を描いて走り続けるユキトが口を開く。


「実行するのは格子を触ったときの比にならない博け、というより互いの運と実力がかかってくる。それこそ成功は奇跡に近いし失敗したら後はない。だけどメイさんたちのことを考えると時間もない。俺はお前を絶対に信じる、だからどうか、俺を信じてくれないか」


 横顔を後ろの少女に向けると、下に向いていた少女の視線がユキトの目まで上がる。


「大体の察しはつきました。もとよりこれは私の不注意が招いたこと、何であろうと否定するべくもありません」

「決まりだなっ」


 少女の手を離したユキトは足を止めて、来た道へと体を向け直す。顔の先には、後は狩るのみと高を括った巨大な半身の骸が浮遊する。


「それでは、お頼みします」


 少女は囁くとユキトの隣を通り過ぎ、ツァーラートから離れるように駆けていく。


「力の差は歴然というのに、随分な自信のありようだな」

「あいにく戦闘はド素人でな、ステータスでもない限り相手の力量なんざ測り切れないんだよ」


 巨大な骸と相対すると両手に堅く握りしめた重々しい剣がカチャリとならす。


「イリーシャへの弔いだ、来やがれツァーラートっ!」

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