第30話 鍛冶神インディヴァル

 ユキトは招かれるままに鍛冶屋に足を踏み入れる。


 高めの天井には内側に炎を閉じ込めたランタンがぶら下がっており、異様なほどに強い光で部屋を照らす。一番奥にはレンガで組まれた炉があり、少し離れた場所には鍛冶に使用する道具が巻き付けられた丸太とその上に乗せられた鼠色の金床が置かれている。

 それらを囲むように、家屋全体の壁にはロングソードからダガー、日本刀まで様々な種類の刀剣が立てかけられている。


「あなたがヴェストリの鍛冶神、ってことであってますよね?」

「鼻頭がむず痒くなるような二つ名だがな。わしが剣工インディヴァルだ」


 白髭の老人は自身の体を親指で差す。最も優れた鍛冶職人と聞いてどんな浮世離れした達人が出てくるかと斜に構えていたユキトは、そのフランクさに拍子抜けする。


「それで、剣の様子は?」


 尋ねられたユキトは即座に長剣をインディヴァルの頭上に下ろすと、彼は両手を上に伸ばして受け取り欠けた剣を注視する。


「いつぞやに来た赤毛の人間に作ったロングソードだな、これまた派手に折れとるな」

「見ただけで所有者が分かるんですか?」

「わしは依頼者に見合ったものを製作する。凡庸な見た目でも金属の配合や込めた意で中身は全然違うものになる。それくらい出来んとヴェストリでは三流よ」


 インディヴァルは尖った白髭を弄りながら長剣の様子をじっくりと眺める。さすがは鍛冶の種族、気構えからして違うとユキトは感心させられる。


「でも、そんな感じなら金額も莫迦ばかにならないくらい高そうだな」

「高価も何も、そもそもわしは金をとってはおらん。剣の材料も食糧もみな磁石に寄る金属みたく勝手に懐に入ってくる、金なぞあっても重いだけだ」

「すげえな鍛冶神……」


 通販番組なら殺到間違いなしの返答。商売気のしの字も感じさせないその言葉、さすが異世界の職人ともなると度量の大きさも桁違いである。


「それなら、俺の剣も今度作ってくれませんか? 一文無しの上に剣が壊れて困ってるんです」

「それは駄目だ」


 半ば当然のようにインディヴァルは言い放つ。それは考えずともごく自然なこと、相手は鍛冶神とも称される剣工。そう易々と剣を打ってくれるはずもない。

 このような場合はたいてい実力か実績を示すことが必須である。


「なら、何をすれば作ってくれるんです?」


 話を数段飛ばして鍛造たんぞうの条件を尋ねる。転生して一年経っていないミズキでもこしらえてもらえたというなら、ユキトにもチャンスがないというわけではないはず。


「小僧にはどうあがいても不可能なこった、口にするまでもない」

「そんなのやってみないとわからないじゃないですか」

「絶対に無理だ。なんせお前さん、女子おなごでないからな」

「……はい?」


 想定外の言葉に耳を疑う。


「だから、わしは女子にしか剣は作らんと言っておるんだ」

「何でだよ!?」


 腰を折って長剣に目を落としたインディヴァルの顔を覗き込む。


「そりゃわしにメリットがないからな、誰が好き好んでむさ苦しい男の頼みなんぞ聞いてやらねばならんのだ。女子以外に価値はない、それこそ報酬が国土地だろうが鎚を振るつもりなど微塵もない」

「どんだけ意志が堅いんだよ……」


 ヴェストリの鍛冶神、その正体は女狂いの助平であった。


「安心せい、ミズキの剣はきちんと用意しておいてやるから」

「ちゃっかり名前まで覚えてるじゃねーかこの変態親父」


 もはやユキトの瞳には剣を見つめる老いた鍛冶神の姿が、女と会う口実を作ろうと目もとをニヤつかせたスケベ爺にしか映らない。


「要件はこれだけか? ならもう帰ってもいいぞ」

「言われなくてもすぐ帰るっての、外に人を待たせてるんでな」

「その人間ってのは」

「女の子だけど絶対に会わせないからな」


 玄関へと歩き出した足を止め、振り返って釘をさす。純粋なフミにあんなスケベ鍛冶師を近づかせるわけにはいかない。


「それならほれ、そこのをもってけ」


 剣を床に置いたインディヴァルは玄関近くの壁に立てかけられた一本の傘をさす。静かに澄ませると、ユキトの耳に鍛冶屋の屋根からぽつぽつと雨音が入ってくる。


「女子を濡らして帰るわけにはいかんからな」

「そんなとこだと思ったよ、まあありがたく使わせてもらうけど」


 礼と別れを告げたユキトは扉をくぐって軒下へと出た。扉を閉じて暫くすると鍛冶屋の内から雨を照らす光はパッと消えた。


「終わったようですね」


 軒下の隅で膝を抱えてちょこんと座ったフミがユキトに問いかける。魔力の使用を抑制するためか透明化の魔術はきっていた。


「待たせて悪かったな。傘、借りられはしたんだけど一本だけだ。悪いが半分ずつで我慢してくれ」


 前世を含め初めての相合傘に内心ドギマギしつつ傘を広げるユキト、フミはそんな彼をよそに黒羽織の内を探っている。しかし探るだけで何も出てこない。


「魔術に使う紙がなくなったのか?」

「どうやらそのようです。仕方ありません、私が先を歩くのでその後をついてきてください。機公隊もこの時間は徘徊しないと思いますので」


 フミはユキトに傘を預けると折り畳まった黒羽織を頭にのせ、独りで雨の降る軒の外へ足を踏み出そうとする。


「ちょ、待った! 機公隊がいないなら別に見られても問題ないだろ、何でそこまで離れようとするんだ?」


 そんなフミの前に立ちはだかって彼女の足を止める。


「……はっきり言いますと、私はわけあってあなたと一緒に居たくないのです。傘を譲るのはあなたがびしょ濡れになってイヴに怒られるよりともにいることの方が嫌だからです」

「うぐっ……本当にはっきりだな」


 ひび割れたガラスの心がバキバキに砕かれる。人から嫌われることには滅法弱い、肺を撃ち抜かれたような痛みだ。


「それでも、自分より年下の女の子をこんな雨の中に晒しておくなんて出来ないって。傘ならお前が使え」

「私、見た目はこんなですが歳は三桁を突入していますが」

「マジかよ、見た目は若いけど結構年いってるのか」

「燃やしますよ」

「どう言えばいいんだよ……」


 剣呑な雰囲気でとんでもない情報が発覚して目を白黒とさせるユキトをフミは鋭い眼光で突き刺す。


「前世とリズでは時間の流れが異なるので、前世計算だとまだそこまでいってないんです。まあどちらにしても、その考え方ですとあなたが傘を持つべきです」

「あーもうっ、それならむしろ細かいことなんか気にするな!」

「っ!?」


 壁となるユキトを無理矢理に追い抜こうとする少女の肩を掴むと、片手で傘を開いて彼女を傘の内に引き込んで軒から足を踏み出す。


「俺より年上なら、少しは我慢してくれよ。妥協案ってことで」


 心底悩ましそうな顔をした少女と雨で遮られた空間を歩く。布傘をうつ雨粒の音が二人の鼓膜を叩く。


「……手、触れてます」

「あっ、悪い!」


 咄嗟に少女の繊麗な肩から手を離す。放した瞬間に逃げられると身構えたが、彼女も観念したのか走って走り出す様子もない。


「過っても、イヴには触れないようにお願いしますよ」

「すみません……」


 その後エヴェリーナの家に到着するまで、ふたりは互いに一言も発することなかった。

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