第45話 救出せよ! その1
「ふたりとも、周りはちゃんと見えてる?」
ほんのりと月明りが窓から入る丑三つ時の廊下。
赤髪の裾をふわりと肩に乗せた騎士――リザルチ・ロッソが上に立てた人差し指の先にはためく炎をのせて、後ろを歩くユキトとストレイフに小声で話しかける。
「ああ、しっかりと見えてる」
ユキトは体を捻じって遠くまで薄暗くフェードした廊下を確認する。
現在地はユキトの居た部屋近く、南北に長く幅をとった十字型に近い城の北東に位置する三階の廊下である。ここから一番近くにある階段を下って、城とは別に西側に存在する別塔の地下二階へと向かい、投獄されたフミを救出するのだが。
「疑うわけじゃないが……本当に大丈夫なんだよな。こんな堂々と廊下歩いてても」
「問題ないって、伊達に夜番を任されてるわけじゃないよ」
三人は身を隠して進むこともなく、内壁伝いに歩いていく。
ユキトは今にも巡回兵に気づかれるのではないかと委縮しているが、リザルチは余裕の表情を崩さない。
「ほら、見てて」
リザルチが左手を肩の高さまであげて合図すると指先の炎を吹き消してその場で足を止める。
すると微かに廊下の石床を叩く靴の音が聞こえてくる。足音は徐々に大きくなり、やがて角から松明を持った人間の衛兵が現れる。
衛兵は廊下の中央を歩き、松明の明かりは左右に満遍なく注がれる。その範囲にユキトたちも取り込まれていく。
しかし、衛兵は何事もなく横を通り過ぎ、松明の光は体から離れていった。
「ね、言ったでしょ。絶対バレないって」
衛兵の足音が完全に消えるとリザルチは再度指先に炎を発現させ、彼の振り返った顔を照らし出す。
「光を操れるんだっけ」
「操るなんて大仰なことじゃないけどね、ちょっと遮光して相手から姿が見えないようにするだけさ」
謙遜しつつも少し胸を張って自慢げに見えるリザルチ。
作戦は至ってシンプル、リザルチの魔術で姿を隠しながら別塔のフミのもとまでたどり着こうという愚直なまでにストレートな方法だった。
自信を表情に出す彼に対してユキトは乾いた笑いを起こす。
確かに透明化できる能力自体は凄いのだが、この能力を魔術の一種として使用できる少女を知っている分何とも反応に困る。
「しかし過信は禁物だ。衛兵の中にお前と同じ力を持つ魔導士がいる可能性もある、いや、もしかすると既に私たちの存在に気付いて襲う機会を窺っているのでは」
「ストは考えすぎ、重く捉えすぎるその癖どうにかしな」
腕を抱えて深刻そうに口もとを手で覆うストレイフを連れて、ひと気のない安心だが不気味な廊下をひた歩く。
「てか今思ったけど、この作戦に俺って本当に必要なのか?」
「もちろん、フミさんを解放するには君の能力が必要だからね。知ってる? この世界の檻には碧絶岩っていう特殊な素材が使われていて、触れると魔力を」
「知ってるよ、入ったこともあるし何なら触ったこともあるよ」
前髪をかき上げて得意げに話す騎士の言葉をユキトが億劫そうに遮る。
こんな短期間に牢屋から脱出したり脱出を助けたりする人間もまず居ないだろう。もし現時点で己の人生をジャンル分けするなら間違いなく異世界ものではなく脱獄ものであろう。
「あれ、その左手の甲どうしたの? 何か書かれてるけど」
多少落ち着きを取り戻したリザルチがユキトの左手に横目を落として尋ねる。
「城内へ隔離される前にフミが書いてくれたんだ。まあ紙に書いた時みたいに能力が発動するってわけではないんだけど、一種の願掛けみたいなものだって」
「へぇ、ルーン魔術らしいといえばらしいけど、体に記すってのは独特だな」
持ち上げてみせるユキトの手にリザルチは明りを近づけてまじまじと見る。
確か防御か何かの意味を持った文字であるとフミは言っていたような気がする。
「にしても、夜の城内って思った以上に誰もいないんだな」
「巡回の担当以外は基本的に部屋から出ることを禁止されてるからね、おかげで城内すらこんな慎重に進まないといけないわけだけど」
暗い廊下を首を回して見渡している下階に繋がる東階段に到着する。三人はゆっくりと赤絨毯の敷かれた段に足をかける。
「でも見つかる可能性も低いわけだし、機人の巡回ルートは通らないように進んでる。これなら別塔までは楽勝でいけそうだな」
「機人ってやっぱり普通の衛兵とかより強いのか?」
「衛兵どころか一人一人が連隊長並みの実力と素質だよ、正直あの鎧の塊と実践で戦うなんて考えたくないね」
横に長い踊り場で左右二手に分かれる折り返し階段を右に回り、二階に到着する。
「まあこのままいけたら機人どころか衛兵ともエンカウントせずにいけそうだけど」
「お前は気を抜き過ぎだ、いつ何時相手がどこから現れるかわからないのだぞ」
「だから考えすぎだって。僕の能力もあるんだし、角でサボってる衛兵に気づかずぶつかるぐらいしか見つかることない、った!」
先に左角を曲がったリザルチが短い呻き声をあげて足を止める。
「どうした……あっ」
後を追って角から廊下を覗いたユキト。立ち止まったリザルチの向こう側には、松明もつけず壁にもたれかかっている大柄な衛兵が。
ヤバ、と小さく声を漏らすフラグ回収人。
「何だお前ら、ここで何して――!?」
剃り上げた頭が天井につくかと思うほど背高い衛兵の眼がユキトらの顔を捉えようとした瞬間、口を開けたまま発していた言葉が途切れる。
衛兵の両目が大きく見開かれたかと思うと、膝から体勢を崩してその場に埃を立てて倒れこんだ。
「見たことか、だから言ったのだ」
巨漢衛兵がいた場所の後ろには剣を手にしたストレイフが尖らせた神経を表していて佇む。
「些末な事で術を切らす癖に気を抜くな」
「悪い悪い、けどこの人大丈夫?」
「斬ってはいない、そのうち起き上がる」
腰に戻そうとするストレイフの剣は綺麗な銀色のままであり、衛兵の体にも傷は見られない。おそらくは平打ちか何かで気絶させたのだろう。
「でもあんな一瞬で後ろをとれるなんて」
「そりゃうちの連隊長だからね、単純な剣捌きもさながら数歩先なら一瞬で行けちゃうんだから」
ユキトとともに気絶した衛兵を壁の方にもたれかからせるリザルチが頬を緩ませてストレイフの後ろ姿に顔を向ける。
「ここにもいずれ巡回兵が来るかもしれん、早いうちにここから離れてフミ殿のもとに向かわなけれは」
剣を納めてユキトらの方を一瞥した後、進む先へと体を翻したストレイフ。
瞬間、彼の体が動きを止めた。
「っ!?」
振り返った廊下の先から長剣らしき物体が豪速で飛来し、彼の肩の服を勢いよく掠めとった。
「――補足」
突然の出来事に硬直したユキトらの耳に籠ったような少し高い声が届く。
進むべき道の先から何者かがリザルチの灯す空間へと足を踏み入れる。
「……マジか」
照らされたのは、赤銅色を全身に包んだ人型の鎧であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます