年下の可愛い管理人さんが、俺の奥さんになるまで

倉敷紺

それは始まりの出会い


 「うーん、さっぱり見つからん」

 

 公園の中で鮮やかに咲く桜の木の下で、丹下泰(たんげやすし)こと俺はスマホ片手にうーんと唸っていた。

 

 この春から大学生となり、田舎から東京に出てきた俺はアパートで一人暮らしをすることとなり、今はこれからお世話になるであろう他の入居者に向けて渡すお菓子を買いに行く途中だ。

 

 「やっぱもっと都会に行くべきかなあ」

 

 ただ、今のところ渡すお菓子は見つかっていない。東京なのだからたくさんお店はあるだろうと思っていたのだが、正直俺がこれから住むここは……田舎に近い。

 

 もちろん駅前はそれなりに栄えているのだが、駅から離れればもう何もないのが現実だ。まあ大学に受験しにきた2月にその事実を知ったので今更驚くことでもないが。

 

 だから都会に行って美味しいお菓子を買いに行こうかと思うわけだ。でも都会に行くにはやはり交通費がかかる。それだとただでさえカラカラの財布が干上がってしまうし……あと怖い。ガラの悪い人とかに絡まれたらたまったものじゃない。


 「……ん?」


 なんて思っていた矢先のことだ。


 「や、やめてください……」

 「いやいや、いいじゃん付き合ってくれても」


 ガラの悪いやつが、嫌がる女の子にひたすら絡み続けていた。都会ではないこんなところにも治安が悪いところもあるんだなと思ったが、それ以上に思ったのは……誰も助けようとしないところだ。


 そこまで人通りは多くないが、公園である以上そこそこ人はいる。けれどみんな見て見ぬ振り、目をそらしてはそそくさとこの場から立ち去ってしまう。もちろん気持ちはわかる、あんなのに対抗するのは怖いに決まってる。だけど……。

 

 「やめてあげてください」


 やっぱり俺は他人が困っているのを見過ごすことができない。田舎でたくさんの人たちに助けられてきた。貧乏な家で育った俺が東京の大学に行けたのも、人の支えあってこそ。そんな俺が困っている人を見捨てるなんて、都合が良すぎるだろ?


 「ああ? いま俺この子とデートしてんだけど」


 どこがだよ。女の子が今にも泣き出しそうな表情してるじゃないか。よくそんなことを言えるもんだ。


 「大嘘もいいところですね。嫌がってるじゃないですか。さっさとやめてください」


 「はー意味わかんね。お前こそ邪魔。どけ、今からホテル行くんだよ」


 「どきません」


 「どけ」


 「嫌です」


 人相の悪い顔から放たれる殺意丸出しの眼光はなかなかに怖くて、正直俺も逃げ出したくなるぐらいだった。だけどここで逃げ出すわけにはいかないんだ、ここで逃げたら一人の少女を見捨てることになる。それだけはできないから、なんとしてでもここで俺が食い止めるしか……


 「邪魔だってつってんだよ!」


 ……なんてカッコつけても、俺は別に優れた運動神経を持っているわけじゃない。むしろ運動なんてできない。だからこうして、男の痛快な右ストレートを簡単に食らってしまったんだろう。しかも殴られて倒れこんでしまった。……なんて情けないんだ俺。


 「何をやっているんだ!」


 このまま俺は殴られて女の子も助けられないのかと思ってしまった。けれどこの世も捨てたものじゃない、誰かが警察を呼んでくれたららしく、ちょうど俺が殴られたところを警察が見て男はそのままお縄にかかる。


 よかった、俺も殴られた甲斐があったよ。


 「だ、大丈夫ですか!?」


 殴られて倒れこむ俺に、先ほどまで男に絡まれていた女の子が心配そうに俺に声をかけ、手を差し出す。


 「な、なんとか……。ありがとうございます」


 俺はその手を握って立ち上がり、頰をさすりながらお礼を言う。思ったよりもダメージは大したことなく、痛みも我慢すればなんとかなりそうだ。


 「ごめんなさい……私なんかのために痛い思いをさせてしまって」


 「いやいや、俺に謝る必要なんてないですよ。それよりもそちらは大丈夫ですか?」


 「は、はい、私は大丈夫です。……あ、あの。な、何かお礼をさせてもらってもいいですか?」


 「お、お礼?」


 緊張した面持ちで、女の子は俺にお礼をしたいと申し出る。さっきまではそれどころでなかったので気づかなかったが、よく見てみればクリクリとした大きくて可愛らしい瞳、艶のある長い黒髪、そして少し小柄な体型をもつ彼女は美少女と呼ぶにふさわしい。


 なるほど、ほんの少しだけ男に共感した。確かに仲良くなりたいと思わせられる魅力がある。……だけど俺はあんまりそんなことに興味がない。だからお礼なんて別にいらないけど、かといってせっかくの申し出を断るのもよくないしなあ。あ、そうだ。


 「じゃあここら辺で美味しいお菓子を売ってるお店を教えてもらってもいいですか? 俺最近ここに越してきたばっかりで全然お店とか知らないんですよ」


 ちょうどお菓子のことで困っていたところだった。エコバックみたいなのを肩にかけてるから多分ここらに住んでる人だろうし、もしかしたら知ってるかもしれない。


 「……え? そ、そんなことでいいんですか?」


 女の子は俺の提案にきょとんとした表情を見せる。もっと過度な要求をされると思っていたのだろうか。


 「はい。これからお世話になるだろう他の入居者の方たちに渡すので、しっかりしたものの方がいいと思って」


 「なるほど……。なら【フランドール】って言う洋菓子のお店が美味しいですよ。場所はこの道をまっすぐ行って途中で右に曲がったところです」


 「ほんとですか! ありがとうございます!」


 なるほど、そっちは全然行ってなかったな。やっぱり聞いてよかった。これでなんとか今日中に買うことができそうだ。俺は教えてくれた女の子にお礼を言ってその場から立ち去ろうとする。


 「あ、あの」


 すると女の子が俺を引き止める。あれ、まだ何かあるのかな?


 「き、きっと他の入居者さんに喜んでもらえると思います! そ、それと……こ、ここでの生活、楽しんでください! 本当に、今日はありがとうございました!」


 恥ずかしそうにしながらも、精一杯の声でそう言う彼女の言葉に俺はとても元気付けられた。俺は手を振ってそれに応答し、目的地のお菓子屋に歩いて行く。


 女の子に紹介されたお店に行くと、一つ試食をさせてもらえたので食べてみるととっても美味しく、これは想像以上だなと感嘆した。すぐに俺はお菓子を買い、その後はテキトーにぶらぶら歩いた後、日が落ち始めたぐらいの時刻に帰宅した。いやー、痛い目はみたが結果的に美味しいお菓子が買えたし良い1日だった。


 あとは他の入居者がいるかなんだけど……まあこの時刻だし、誰かしらはいるだろう。そう思い俺はまず隣の202号室のインターホンを鳴らす。


 「はーい」


 おお、いたわ。これでようやく初めて会えるな。


 「あのー先日越してきました丹下です。ご挨拶に参りました」


 「あ、今行きますね」


 ドタバタと音を鳴らして、おそらく女性の方が扉の方に向かってくる。……にしても、なーんかどっかで聞いたことあるような声だったような。でも俺東京に知り合いなんていないし、気のせいか。


 「は、はじめまし……え、ええ!?」


 「ま、まじで……!?」


 それは全く気のせいなんかじゃなかった。扉を開けて出てきたのは、先ほど俺が助けてお菓子のお店を教えてもらった……女の子だったのだから。


 この運命的な出会いをした人、柏柳美来(かしわやなぎみく)こそ、俺の生涯の伴侶となるとは……この時に知る由もない。

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