管理人さんの特等席


 お昼ご飯を食べ終わった後、俺たちは一旦歯を磨いた。理由はペペロンチーノを食べたことで若干口臭が……ニンニク臭いから。


 ちなみに言い出しっぺは美来だ。「泰さんに……とことん甘えたいので」というのが理由らしい。なんだろう、もう可愛くて仕方がない。しかもそれだけではなくわざわざ歯ブラシセットをこっちに持ってきて一緒に磨いた。


 なんか、いよいよ同棲してると言って疑われないレベルまできてる気がする。


 「ふう……これぐらいすれば大丈夫だろう」


 入念に歯を磨き終えると、あぐらをかいて俺は座る。この後数時間後に塾のバイトがあるからそれまではゆっくりして体力を残そうってわけだ。


 「……」


 「お、美来も磨き終わった? お茶でも入れる?」


 「……え、えっと……それよりも……ま、またおねだりしてもいいですか?」


 落ち着かない様子を見せる美来は、もじもじしながらまた何かおねだりをしたいようだ。……朝はキスだったからな。今度はなんだ? 


 「内容によるかな」


 「…………泰さんに抱っこしてもらいたいです」


 「……またなんて要求を」


 やっぱりまたなかなかなおねだりをしてきた。まあ美来は小柄なほうだし別にいいっちゃいいけど。


 「……いいよ。抱きかかえればいいの?」


 「そ、それもいいですけど……泰さんのあぐらの上に座りたいです」


 「あー……」


 そっちか。美来との距離が近くて俺が理性を保たないといけないけど……すごく物欲しそうな目で見てくる美来のおねだりを断ることなんて……できない。


 「……わかった。ほら」


 覚悟を決めた俺は美来を抱っこする体制を整える。もちろん顔は真っ赤で熱い。


 「……お邪魔します」


 美来はちょこんと俺のあぐらの上に座る。正面を向いているから美来の

顔はよく見えないけど、美来の華奢な体が俺に密着して、下手したら理性が飛びそうで怖い。


 「……えへへ。私だけの特等席です」


 「!」


 そんな危険な状況だってのに、美来はこっちを向いてにっこりと笑ってそんな可愛いことを言ってきた。やばい、本当に可愛い。頭の中が悶えて仕方がない。


 「? どうしたんですか泰さん?」


 「いや、なんか……付き合い始めてから、美来が積極的で可愛くて……ある意味苦しい」


 「……告白する前まで、泰さんへの大好きな気持ちを我慢してましたから。だから今は……それが溢れて止まらないんです」


 照れながら、至近距離で美来はそう言う。なんか、そこまで俺のことを好きでいてくれて俺もすごく嬉しい。……だから、一本理性の糸が切れた。


 「……あのさ、俺もおねだりしていい?」


 「もちろんです」


 「……抱きしめても平気?」


 こんな可愛い彼女がこんな近くにいるからだろう。抱きしめたくて仕方がない。たくさん可愛いことも言われたし。


 「……むしろ、私もして欲しいです。ギュって……してください」


 美来は火照った顔をしながら、恥ずかしそうに逆におねだりしてきた。不覚にも俺はそれを見てまた理性の糸が切れそうになるけど……そこは堪えた。


 「それじゃあ……」


 俺は優しくぎゅっと美来を抱きしめる。さっきまでも十分至近距離にいたのに、抱きしめるともっと身近に感じられて……堪らなく幸せだ。


 「……泰さんは抱きしめる時も優しいですね」


 「そう言ってもらえて嬉しいよ。……もっと抱きしめてていい?」


 「私もして欲しいです。……そうだ。一旦離してもらっていいですか?」


 「ん? いいけどどうしたの?」


 一旦俺は美来に言われて手を離す。すると美来は向きを変えて俺と真正面となるよう座り始めた。……い、いやそれは。


 「み、美来。それは……駄目」


 「……でもこうした方が泰さんの顔が見やすいです。泰さんも私の顔を見れますよ」


 「それはそうだけどさ……」


 「じゃあいいですよね?」


 「……わかったよ」


 美来の勢いに押されてしまい、俺は提案を受け入れてしまう。当然そうなると危惧していたことが起こるわけだが……そこはなんとか理性を保ってなんとか何事もなく? いられた。


 まあ結局何度もお互いの体を突っつきあったりくっつけあったりしてたけど。


 「あ、そろそろバイトの時間だ」


 そんなことをしてただけなのに、時間はあっという間に過ぎてバイトに行く時間になった。


 「……行っちゃうんですか?」


 美来は少し涙目になってそう言ってきた。おそらく行って欲しくないんだろう。俺も行きたくない。ただ……金がないので。


 「金を稼がないと美来とデートできないし。寄り道せずにすぐ帰ってくるよ」


 「……待ってます。……くれぐれも、生徒さんとかにデレデレしないでくださいね」


 美来は少し心配そうな表情をして俺に注意を促す。まあそれ問題ないけどさ。


 「大丈夫。俺の受け持ってる生徒みんな男だし。同僚も男ばっかだし。嫉妬する必要ないよ」


 「……良かったです。じゃあ……」


 「!」


 美来は安堵した表情を見せると、抱っこした体制のまま俺に有無を言わせずに……キスをしてきた。


 「こ、今回は……私から行ってきますのキスです。……お仕事頑張ってください、泰さん!」


 「……ありがと」


 最愛の彼女から最高のプレゼントを貰ってやる気も満タン。美来と離れるのは辛いが、これでバイトも頑張れそうだ。


 と言うわけで最高に気分がいい中俺はバイトに向かった。……だが。


 「……え? 今日から女子高生を受け持つんですか?」


 塾に着くと、早速そう言われてしまった。美来に女子はいないって言ったばっかりなんだが。


 「……いや、ちょっとかなりの問題児でね。他の先生じゃ手が追えないから……評判のいい丹下君に任せたいんだ……あ」


 「?」


 塾長が俺の後ろを見てびっくりした顔をするので、俺も後ろを見てみると、そこには……美来が着ていた制服と一緒のものを着た、派手めな女の子がそこにはいた。


 「かなりの問題児とか言い過ぎでしょー塾チョー。あ、今日から担当する先生? まあまあの顔してるねー」


 「……あ、ありがと」


 何やら確かに問題児と見える生徒だ。……だ、大丈夫か? めちゃくちゃ幸先不安なんだけど。


 ちなみに……その不安な予感はそれなりに当たっていて。この出会いが、後に結構厄介な出来事を引き起こしてしまうんだけど……それをこの時の俺が知る由もない。


  ――――――――――――


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