管理人さんはちょっぴり勉強が苦手


 「先生、ありがとうございました!」


 「はーい、ありがと。それじゃちゃんと宿題やってきてね」


 初めての塾でのバイト。今回受け持った子は中学生の男の子でちゃんと話も聞いてくれるし、凄く教えやすかった。俺は入り口まで見送ると向こうも手を振ってくれたので、ほんといい子だ。


 「すごいじゃないか丹下くん。初めての塾バイトとは思えないぐらい上手に教えられてたと思うよ」


 「え、本当ですか!?」


 その様子を見ていた塾長が俺に声をかけてくれ、お褒めの言葉をくれる。


 「うん、さすが三橋大学の学生さんというところだね。これからも期待してるよ、じゃあ今日はお疲れ」


 「はい、お疲れ様です!」


 頑張っていい大学に入ることができた甲斐があるってものだ。よかったあ、自分の長所を活かせるバイトができて。さてと、そろそろ帰るか。


 そうして俺はさっさと帰宅の準備を済ませて帰路につく。バイト先から家までの距離はそれほど遠いわけではないので、寄り道さえしなければ早く家まで帰れる。まあ寄り道するようなところもなければ使える金もないんだけど。


 「ふう、疲れた」


 なのでさっさと家に帰り、俺は床に寝転ぶ。……あ、そういえば管理人さんから貰ったタッパー返してないな。またしばらく会う機会がなくなるかもしれないし、今のうちに返しておくか。


 というわけで俺は管理人さんが住む202号室のインターホンを鳴らす。すると少し間が開いたものの、ドアがガチャリと音を立てて開く。


 「あ、丹下さん! こんばんは。ごめんなさい、髪を乾かしてて少し出るのが遅くなっちゃいました」


 夜ということもあったからか、管理人さんは先程までお風呂に入っていたらしく、少し髪が濡れており、そして可愛らしいピンクのパジャマを着ていた。その姿に少しドキリとしてしまったのは内緒だ。


 「こんばんは。いや俺が突然押しかけてきたので大丈夫ですよ。これ、お返しします。とても美味しかったですよ、ほんと管理人さんは料理が上手ですね」


 「そ、そうですか……? あ、ありがとうございます!」


 管理人さんはタッパーを受け取ると、恥ずかしそうにしながらお礼を言う。


 「それじゃあ今日の分をお渡ししますね」


 「……え? 今日の分?」


 管理人さんは平然とそういい、部屋に戻っては昨日と同じくタッパーを俺の手に渡してくれた。


 「い、いや今日ももらうわけには……」


 「私が渡したいだけですから。丹下さん、放っておいたらカップラーメンばっかり食べるかもしれないですし」


 「う……」


 それは一切否定できない。管理人さんのいう通りになることは間違いないだろう。


 「だから受け取ってください。一人暮らしをしていると、作りすぎちゃうこともあるので」


 「う……わ、わかりました。ほんと感謝しかないです」


 「いえいえ。それじゃあ私は宿題をするのでこれで失礼しますね」


 「宿題……ああ、高校生ですもんね」


 管理人さんの優秀さばかり見ていたから高校生であることを失念していた。


 「そうなんですよ。私頭が良くないから全然わからなくて……」


 「なるほど……。俺でよければ手伝いますよ?」


 「え?」


 「いつもお世話になりっぱなしですから、たまには管理人さんの力になりたいと思って。……い、いや、余計なお世話かもしれないですけど」


 「そ、そんなことないです! じゃ、じゃあ……お願いします」


 そんなわけで俺は管理人さんの部屋に上がり、勉強を見ることになった。どうやら科目は数学のようで、ざっと式とかを見てみると……結構重症だった。


 多分基礎的な部分があまり理解できていないのだろう。まずそこを理解させなければ。


 「じゃあ管理人さん、まずはこの教科書の箇所を見ながらこの問題を解いてみてください」


 「は、はい。これは……この式を使って……こうですか?」


 「そうそう! まずはこの式を元に解いていって……ここからは教科書よりもこのやり方の方がいいです」


 「……すごい! 1時間ぐらいかけた問題があっという間に……。丹下さん、凄く頭がいいんですね」


 「勉強だけは昔から得意でしたから。さてと、残りも問題も終わらせちゃいましょう」


 「はい!」


 そして管理人さんと共に宿題の問題を次々に終わらせていく。ところどころ教えるのに苦戦するところもあったが、なんとか管理人さん自ら解けるところまで持っていくことができ、終わらせることができた。


 「ありがとうございました丹下さん。おかげで終わらないと思ってた宿題が終わりました」


 「いえいえ。管理人さんの頑張りあってこそですよ。また勉強で困ったところがあれば教えるんでいつでも呼んでください。それじゃあまた」


 俺はぺこりと頭を下げて管理人さんの部屋から去り、自室に戻る。……なんか、余計なお節介だったかもなあと一人になるとふと思ってしまった。


 だが普段からお世話になっている恩返しをするには、俺ができることはあれぐらいになる。素敵な心遣いにはそれで返す、そうやって生きていきたいし。


 「……さて、ご飯食べよう」


 管理人さんから貰った料理を取り出して、俺は晩御飯を食べ始める。


 「……本当に素敵な人だなあ、丹下さんは」


 ご飯に夢中になっている俺は、管理人さんが隣の部屋でそう呟いたことを、当然知るよしがない。


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