管理人さんは世話焼き


 四月を迎え桜が散る季節になり、俺もついに大学生となった。盛大な入学式に驚いたり、そわそわしながら大学のオリエンテーションに参加したり、まるで芸能人みたいにたくさんの人からビラを配られた新歓の時期、どれも俺には目新しい体験だ。


 「ひえー先輩たち目がこえーよ。道を抜けるだけでもう精一杯だな」


 「ほんとそうだ……歩いてるだけで息が切れそう」


 そして現在、ビラ配りの先輩たちの山を抜けて俺は大学でできた友人の田中とともに学食にやってきた。田中は一浪しているらしいので俺より一個年上だが、気さくなやつですぐに仲良くなることができた。いやー友人ができるか心配だったが、運が良かったよ俺。


 「にしても丹下はサークルどうすんの? いろんなとこの新歓に行ってビラはたくさんもらったみたいだけど」


 新歓の期間、とりあえず俺はテキトーなサークルの新歓に行ってはご飯を食べたりして過ごしていたため、ビラや先輩方のラインをたくさんもらった。まあ行った主な目的は飯代を浮かすためだったし、それに……


 「もらったというか押し付けられた感じだけどな。……でもサークルには入らないかなあ、バイトを優先させたいし」


 「あーそうか、お前自分で学費稼がないといけないって言ってたな。ほんと偉いやつだよ、現役でここ受かってなおかつ学費自分で払うって。一浪した俺には心にくるぜ」


 「まー母さんを少しは助けたいし。母子家庭だから今までめちゃくちゃ苦労かけてきたしなあ」


 「ほんといいやつだなお前! でもせめて経済系のサークルには入っとけ、試験の過去問とかもらえるからな。ちなみに俺が入るサークルはここ」


 田中はカバンからサークルの情報がまとめられた冊子を取り出し、該当するページを開いて指をさす。へえ、イマイチ何をするのかよくわからないが入って損もなさそうだ。


 「うーん……じゃあ俺もそこ入るよ。まああんまり行かないだろうけど」


 「了解〜。んで今日もどっかの新歓行って飯食ってくか?」


 「いや、今日は塾のバイトがあるからパス。つっても今日は初出勤だから説明を受けるだけだけど」


 近くの個別指導を売りにしてる塾のバイトに採用されたので、俺はそこで働くことにしている。時給高いし、一応勉強は嫌いじゃないからってのが決め手だった。


 「おけ。流石に塾のバイト前に食べ物の匂いまとったらまずいしな。可愛い子いたら紹介しろよ」


 「……それって同僚ってことでいいよな?」


 「あ、当たり前だろ! 流石に生徒を紹介されたら俺も困るわ! この男ばっかな大学にいるからそりゃあ女に飢えてはいるが……そこまで落ちぶれてねーよ!」


 良かった。なにせ俺たちが在籍している三橋大学経済学部は男女比脅威の9:1。そもそも大学全体でも女子は三割しか在籍していない。故に田中みたいに女性に敏感になるやつも多々いる。


 現にサークルの新歓で明らかに男より女を贔屓しているとこもあったし。まあ世の中そんなものだよな、と思いながら俺は田中と一緒にジュースを飲んでいたけど。


 「けどよー……俺中高男子校で予備校では勉強漬け、今までずっと女子と無縁な生活だったけど大学入ってようやくそれから脱せると思ったら……こんなに女子がいねーとは思わねーだろ! 丹下もそうだろ?」


 「いや……俺知ってたよ。てか知ってて志望校にしたし」


 「は!? お前そういう趣味か!?」


 「違うわ! ……単純にもう彼女作らなくていいかなって思っただけ」


 「……は? オメー彼女いたのかよ。う、裏切りだおい!」


 田中は怒りと悲しみが混ざった顔をして俺を見てくる。事実高校の時付き合ってた彼女はいたけど……まあ、それは昔の話だ。


 「あ、そろそろバイトに行くわ。じゃあまた」


 「おい逃げるな! 明日詳細聞くから覚悟しとけ!」


 運がいいことにそろそろバイトの時間となったので、田中から逃げるように俺は学校を後にして塾に向かう。


 「……疲れた」


 そして塾の説明会はあっという間にに時間はすぎ、もう空にはお月様が登ってた。主に話を聞いているだけだったが、どういう風に生徒に指導をするつもりかを聞かれたりした時は結構緊張したけど。


 「うーん、お腹空いたなあ。ま、カップ麺を買って帰るか」


 俺は一切料理ができないため、自ずとそうなってしまう。弁当とかを買えば多少はましになるかもしれないが、カップ麺の方が値段が安いし。それに自分が食べれるものならなんでもいい。


 というわけで近くのスーパーで安いカップ麺を買って俺はアパートに帰宅する。


 「あ、丹下さん!」


 ちょうど俺がアパートの部屋の鍵を開けようとしたその時、管理人さんが袋を持って声をかけてくれた。


 「何日かぶりですね。最近見かけなかったので少し心配していたのですが……元気そうでなりよりです」


 言われてみれば大学始まってから初めてあった気がする。まあ帰る時間が終電ギリギリになった時もあったし中々時間が合わないよな。


 「あー確かに。最近はサークルの新歓とかに参加してたんで結構夜遅くに帰ったりしてましたから」


 「サークル……丹下さんも入るんですか?」


 「楽なのに一つ入ろうかと。でも基本はバイト中心ですね、家賃とか学費とか払わないといけないので。ところで管理人さんは……買い物帰りですか?」


 「そんなところです。食材の買い出しに行ってて……あれ、丹下さんも同じですか?」


 「まあそんなところです。カップ麺ですけど」


 「え……だ、大丈夫ですか? それだけだと足りなさそうですけど?」


 管理人さんの言う通り足りないのは間違いない。だから新歓で飯を食って来たわけだし。でもそれもそろそろ終わるのでこれから先健康的に過ごせるのか……と問われればなんとも言えない。


 「うーん、なんとかなるんじゃないですかね」


 でも若いしそう思う。


 「な、ならないですよ! ……ちょっと待っててくれますか? 渡したいものがあります」


 管理人さんはそういうとすぐさま自身の部屋に入り、何やら持ってこようとする。一体これから俺は何を渡されるのかと思って外で待ってると……。


 「これ、食べてください。カップ麺は確かに美味しいですけど、健康な体は作れませんから。これなら多少は丹下さんの栄養になると思います」


 管理人さんは部屋から出てくると、タッパーに詰められた煮物、ポテトサラダ、鶏むね肉を、優しくも、少し健康に対して無頓着な俺を叱るような言葉とともに俺の手に渡してくれた。


 「い、いや……またお世話になるのは」


 「私が丹下さんの力になりたいんです。丹下さんには健康的にここで生活していってほしいですから」


 「う……。わ、わかりました。ほんとありがとうございます」


 そこまで言われてしまってはもう貰うしかない。ここまで気にかけてくれる人なんてそうそういないだろうし、本当に俺は管理人さんの世話になりっぱなしだ。


 「タッパーは食べ終わったら返していただければ大丈夫です。しっかり食べてくださいね、私からのお願いですよ」


 そう優しく笑いながら言って、管理人さんはぺこりとお辞儀して部屋に戻っていった。そして俺も部屋に戻り、もらった煮物とかを食べたのだが……。


 「……やっぱ上手い」


その味はとても美味しくて、箸が止まることなく食べ続けることができた。……多分、新歓で食べたどんな料理よりも一番美味しいと思う。やっぱすごいや管理人さん。


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