管理人さんと荷物の整理


 「この食器はこのケースに入れておけば大丈夫ですか?」


 「はい、そこで大丈夫です。……ほんとすみません、こんなことさせちゃって」


 管理人さんが動きやすいラフな格好に着替え、髪は邪魔にならないようにお団子にまとめ、万全の準備を整えてくれたところで俺の荷物整理は始まった。


 不幸中の幸いというところか、壊れやすい食器類などは一切傷もついていない状態で余計な手間をかける必要はなかった。……まあそもそもさっさと片付けてしまえば管理人さんにも迷惑をかけずに済んだわけだが。


 「いえいえ全然! これぐらい大したことじゃないですよ。それに丹下さんには早くここでの生活に慣れて欲しいですし」


 聖女かなこの人は。優しい笑顔でそう言ってくれると俺の心も救われるってものだ。よし、こんないい人にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。早く終わらせてしまおう。


 「……ん」


 なんてことを心に決めたばかりなのに。ふと目に入ったものにつられて、俺の動きは止まる。だってそれは……


 「それって……卒業アルバムですか?」


 そう、俺の卒業アルバム。取り出してパラパラとめくってみていると、管理人さんが興味津々にちらりとのぞいてきた。


 「あ、管理人さん。まあ高校の時の卒アルですね。これ見るとこの間まで高校に通ってたのが遠い昔みたいに思えて……つい見ちゃいました」


 「なるほど……あ、これ丹下さんですよね? 陸上部だったんですか?」


 部活ごとのの集合写真のページに入ると、管理人さんは陸上のユニフォームを着て写真を撮られている俺を指差す。


 「まー一応。全然強い部活じゃなかったんで緩い感じでしたけど。それでも最後の大会で結果を残せなかった時は悔しかったなあ……」


 「青春してたんですね。私は高校の部活に入っていないので全然そういうのと無縁ですから、少し憧れます」


 「憧れるほどのものでもないですよ。管理人さんは部活に入ってなかったんですね」


 「興味がある部活がなかったので。……それに、アパートのこともありますから」


 「あーなるほど」


 確かにアパートの管理人をしていれば時間も限られるのかもしれない。俺以外に他の入居者がいないからそこまで忙しいこともなさそうだとも思ったが、仕事内容をよく知らない俺がとやかくいうことでもないだろう。


 「あ、これって寄せ書きですか? 凄い書かれてますね」


 後ろの方に行くと、寄せ書きのページに入る。


 「まー通ってた高校で東京に行く人はあんまりいなかったんですよ。だから東京に行くってだけで知らない人からも激励のメッセージ書かれてましたね」


 「へえ……みなさん優しい方なんですね。素敵です!」


 「違いないですね。……あ、これは……まずい!」


 俺はあるものに目をつけると管理人さんが見る前にパタリと卒アルを閉じた。それが何かと問われれば友人のいたずらなのだが、女性に見せるわけにはいかないものなのでね。


 「ど、どうしたんですか?」


 「い、いやーちょっと見られたくないものがあって。そ、それよりも早く荷物の整理をしないと!」


 「そ、それもそうでした! すみません、私も見入っちゃって」


 「いえいえ、管理人さんが謝ることなんてないですよ。俺が見始めたのが悪いんですから。さて、再開しますか!」


 横道に逸れてしまったが、改めて俺たちは荷物の整理を開始し、徐々にダンボールは空になっていく。やっぱり手伝ってもらって正解だったな、一人でやるより全然スピードが違う。


 「あとはこのダンボールだけか」


 そしてようやくダンボールは残り一つとなった。とはいえダンボールに本と書かれているので、おそらくこれが一番苦労するに違いない。なにせ……。


 「うわっ、すごい量の本ですね」


 そう、結構な数の本をこの中に詰めていたのだ。大学でも役にたつだろうと先生からもらった本、友人が一人暮らしだと退屈だろうとくれた漫画、そして俺が個人的に持ってきた本。それらを箱に詰めたら管理人さんにびっくりされる量になってしまったのだ。


 「なんとか本棚には入ると思うんですけど……まあこれは俺がやりますよ」


 「いや、私も手伝います。たくさん量がありますから、一人だと大変でしょうし」


 「うーん……確かに。じゃあやっぱりお願いします」


 「はい! 任せてください」


 小柄な体格にかかわらず、管理人さんはヒョイっとたくさんの本を持ち上げる。意外にも力持ちなんだなあ……って。


 「危ない!」


 「!」


 重さにつられて管理人さんが倒れてしまいそうだったので、俺は支えるように管理人さんの体を受け止める。……なんか側から見たら抱きしめてるみたいに見えてしまいそうで、少し恥ずかしい。


 「あ、ありがとうございます。ご、ごめんなさい……はりきったばっかりに」


 だけど管理人さんはもっと恥ずかしそうだ。慌てるようにこちらを見上げて、不安そうな表情で俺のことを見ていたから。あまり女性と関わりあう機会のない俺にとって、それを見てつい心臓がドキドキしてしまったのは……仕方がないはず。


 「いや、俺より管理人さんが無事でよかった。少しずつでいいですよ、俺も急いでいるわけじゃないですし」


 「……じゃあお言葉に甘えてそうしますね」


 とまあそんなハプニングもあったものの、なんとか全て片付けることができた。二人でもやっても夕暮れ時になってしまったので、これは絶対一人では終わらなかったな。本当に、管理人さんには感謝しても仕切れない。


 「今日はありがとうございました。管理人さんのおかげで今日中に終わったと言っても過言ではないです」


 「そ、そんな大げさですよ! 迷惑もかけちゃいましたし……」


 「いやいや、俺一人でやってたら絶対に終わらなかったですし気にすることないですよ」


 「そ、そうですか……? なら良かったです」


 「今度管理人さんが困った時は、俺にできることがあれば呼んで下さい。絶対手伝いますから」


 「ありがとうございます。じゃあ私はこれで失礼しますね」


 そういって管理人さんはぺこりと頭を下げて、隣の部屋へ帰っていった。


 「……ドキドキしちゃった」


 俺は後に、管理人さんが外でそう呟いたことを知ることになるが……まだそれは遠い未来の話だ。

 

 ――――――――――――


 よろしければ星やフォローをよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る