管理人さんはJK
「こ、こんな偶然があるだなんて……」
思わず俺はそんな言葉を漏らしてしまう。だって助けた相手が同じアパートに住んでいるだなんて誰が想像するってんだ。
「ほ、本当にそうですね……」
ほら、向こうも驚いてる。目をまん丸にして呆気にとられてるよ。
「そ、それじゃあこれ買いに行ったお菓子です。そ、それじゃあ俺他の人にも配りに行くんで」
そのまま話しこむこともできたのかもしれないが、なんだか俺としては物凄く気まずい感じがして。故にさっさとお菓子を渡して他の人のところに行こうとする。
「い、いや……その。このアパート、もう他に入居している人いませんよ」
「え」
だが衝撃の事実は次々に明らかになる。どうやら他に入居している人がいないらしい。……確かに家賃は激安ではあるものの駅から遠いし歩けばたまにミシッて音がなるボロさだからなあ。敬遠されるのも仕方がないのか。
「じゃ、じゃあ管理人さんはいますかね? その方にも挨拶をしておかないと」
「……それ、私です。一年前から海外にいる母の代理ですけど」
「わお」
母の代理とはいえ管理人をするような年には見えないが、嘘をついている様にも見えないので多分本当なんだろう。いやはやなんとしてでも関わるように神様が仕組んでいるのだろうかねえ。
「そ、それじゃあこれからよろしくお願いします。まあ今日は色々あったけ……あ」
なんとも運がないことに、俺は喋っている最中にぐーっとお腹を鳴らしてしまう。お菓子代を確保するために昼飯を食べなかったツケがここで回ってくるとは……。やばい、めちゃくちゃ恥ずかしい。今すぐ部屋に戻ろう。
「お、お腹が空いたんですか?」
「い、いやーそ、そうですね。お恥ずかしい限りです」
「そうなんですか……。な、なら、よければ食べにきてください」
「え」
女の子……もとい管理人さんは恥ずかしそうに俺にそう提案する。確かにお腹はめちゃくちゃ空いているし、俺がこれから食べるものなんておそらくインスタント麺に違いないだろう。だからその申し出はありがたいが……ほぼ初対面の方にここまでしてもらうのも……。
「い、いやそんなお世話になるわけには……あ」
断ろうとした矢先、体は欲望に忠実でぐーっとまたお腹を鳴らしてしまう。
「ふふっ、私がお世話をしたいだけなので大丈夫ですよ。昼間のお礼です。何かアレルギーとか嫌いなものはありますか?」
「特には……。い、いやでもやっぱり」
「お礼をさせてください。お菓子までもらってしまいましたし、私の気が済みません」
「……そう、ですか。ならお言葉に甘えて」
これ以上断る手段もない俺は、管理人さんの言葉に甘えてご飯を食べさせてもらうことになった。家に上がらせてもらうと、段ボールだらけの俺の部屋とは違いきちんと家具が整理されたシンプルな部屋で、居心地がいい。
「そういえば私の自己紹介が遅れていました。柏柳美来と言います。丹下さんとは二歳下の十六歳、まだ高校二年生なので頼りない管理人かもしれませんが、これからよろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします」
管理人さんはぺこりとお辞儀をして俺に自己紹介を済ます。やっぱり年下だったか。……にしても十六歳で一人暮らしかあ、俺なんか二歳上なのにめちゃくちゃ一人暮らしに緊張してるってのにしっかりしてる人だ。
「それじゃあオムライスを作ろうと思います。大丈夫ですかね?」
「ぜ、全然大丈夫です! 俺オムライス好きですから」
「よかった。じゃあ少し待っててくださいね」
そう言って管理人さんは早速料理を作り始めた。慣れた手つきであれこれ準備していく様は料理が全くできない俺からしてみればすごいの言葉に尽きる。……それにしても落ち着かないな、じっとしてると息が詰まってしまいそうだ。
「お母さんは海外にいるんでしたっけ? お仕事は何してるんですか?」
なので俺は話を振ることにした。
「母は三橋大学の准教授をしています。なんの研究をしているのか私はよく知らないんですけど、何やら一生に一度ないぐらい貴重な体験ができるらしくて今は海外にいますね」
「三橋大学……なんか、つくづく縁がありますね」
「ああ、丹下さんは三橋大学の学生さんでしたっけ」
「よくご存知で」
「これでも管理人ですから。……それに、私が管理人になってから初めての入居者でしたし」
「そう、なんですか……」
一年以上入居者がいないということか。思った以上にこのアパート人がいないようだ。管理人さんが少し寂しそうに言っているのが印象深い。
「このアパートは何かと不便なところが多すぎますからね。人が来ないのも仕方がないです」
「う、うーん」
それは否定できない。ぶっちゃけ俺もお金に余裕があるのなら他のアパートを検討してただろうし。でもまあめちゃくちゃ不便というわけでもないから別に俺としてはいいけど。
「さて、できましたよ」
「す、すげえ」
喋っているうちに管理人さんはオムライスを作り終えていたらしく、ちゃぶ台の上にオムライスを盛ったお皿を乗せる。キラキラと輝いているかのように芸術的な黄色、そしてとろっとろな卵は俺の食欲をそそり、油断したらよだれが出てしまいそうだ。
「お口に合えばいいのですが……」
「いや絶対これ美味しいですよ。い、いただいてもいいですか?」
「も、もちろんです! ぜひ!」
「で、では。いただきます」
管理人さんも少し緊張した面持ちで、俺がオムライスを食べるのを見守る。少し見られて恥ずかしいけど、それよりも早く食べたい気持ちが勝りパクリと一口オムライスを食べる。……
「うまい。めちゃくちゃうまい。こんなの食べたことない」
語彙力もクソもない感想。けどこれ以上この味を表現できる気がしないのだ。だって俺はこれ以上美味しい食べ物を食べたことがないから。感動して涙が出てしまいそうだ。
「……! ほ、本当ですか?」
「……あ。も、もしかして声……漏れてました?」
どうやら俺の声が漏れていたらしい。管理人さんが目を輝かせては嬉しそうに俺のことを見てくる。……めちゃ恥ずかしい。
「す、すみません聞いてしまって」
「い、いや、謝ることないですよ。美味しすぎて俺がつい言っちゃっただけですし」
「……ありがとうございます! 初めて人に自分の料理を食べてもらったので不安だったんですけど……よかったです」
美味しいと言われて本当に嬉しかったんだろう。管理人さんは顔を少し赤く染めながら恥ずかしそうに笑った。……不覚ながら少し可愛くてどきりとしてしまう。
それから俺はあっという間にオムライスを完食し、今日はお開きとなる。
「本当にありがとうございました。料理まで頂いちゃって」
「わ、私の方こそ感謝してもしきれません。ありがとうございました」
「い、いやいや俺の方が」
「わ、私の方が」
「いや俺の方が」
「いや私の方が」
「俺が」
「私が」
キリがない。お互いに感謝しているためどうしてもお礼がしたいゆえかシーソーみたいなことになっているよ。ここは俺が話を切ろう。
「と、とりあえずこれからよろしくお願いします」
「は、はい! 私こそよろしくお願いします!」
こうして俺は管理人さんとの初めての出会いを終えた。後にあの時はお互い遠慮し合ってたねと管理人さんと懐かしむのだが……それはまだ遠い未来の話になる。
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