管理人さんと猫を助ける


 「なあ丹下。どうして俺は女子大の奴らからラインを無視されてるんだ?」


 四限の授業が終わり、だらだらと帰る準備をしている中で田中が深刻な顔をしてそんなことを聞いてきた。なるほど、授業中ずっとスマホ見てんなーと思ってたけど来ないラインをひたすら待っていたからか。


 「それはお前に興味がないからだろ」


 なので俺はありのままの事実を述べる。合コンの時に早く帰られた時点でもう勝ち目はないからな。


 「そ、そうかもしれないけどさ! で、でもワンチャン俺だけ気に入ったから連絡しようってのがあるかもしれないだろ!」


 「それは……まああるかもしれないけどさ」


 それに可能性をかけてしまったらもうキリがないだろ。でも夢を壊すわけにもいかないからなあ……黙っとこ。


 「だろ! 俺もワンチャン高田さんとかとお近づきになれるかもしれねーし」


 「……あーだと良いな」


 元カノの名前をこの話題で出されるのはなんだかすごく複雑な気分になる。もう他人だし、好意も消え失せているってのに……人間ってのは不思議だ。


 「よし、それじゃ彼女になった時に渡すプレゼントを買えるようバイト頑張るかあ! 丹下は今日はバイトあんの?」


 「今日はないな。このまま家に直帰だ」


 「了解ー。んじゃまた。あ、また合コンやるから日にち空けとけよ」


 「え、またやんの?」


 「あったりメーだろ! 大学生のするべきことは遊びだからな!」


 「怒られんぞお前。まあ行ける日がありそうだったらいうわ。じゃあまた」


 そうして俺は田中に手を振って先に教室を出て行った。四限の時間になると結構帰宅する人も多いので、途中駅までの道が混んだりもしているが、俺は歩いて家まで帰れるので、裏道を通っていく。


 その途中の公園を通り過ぎようとした時、見覚えのある姿を見かける。もしかして……と思ってよく見てみれば、やはり俺の勘は当たった。


 「管理人さんだ」


 そう、管理人さんが公園の木を見上げていたのだ。制服姿だったのでおそらく学校帰りなんだろうけど……何をしているんだろう。


 「こんにちは管理人さん」


 気になったので俺は公園の中に入り、管理人さんに声をかける。


 「あ、丹下さん。こんにちは」


 「なんか木の上を見てるみたいですけど何かあるんですか?」


 「えーっと……その、見てもらう方がいいかと思います」


 何やら木の上に何かあるらしいようなので、俺は言われた通り木の上を見てみた。すると……なるほど、これはみた方が早いな。


 「なるほど、猫を見てたんですね。それにしても随分高いところまでのぼってんなあ」


 「そうなんです。さっきからいるみたいなんですけど、どうやら降りれなくなってしまったようで……。どうにかして助けられないかって思ったんですけど、ハシゴとかもないので途方にくれてて……」


 そういうことだったのか。確かにあの高さだと猫とは言えど怖くなってしまうものなのかもしれない。だから管理人さんはどうにかして助けようとしていたみたいだけど……体格的に管理人さんには難しい。


 よし、ならここは俺が一肌脱ごう。


 「管理人さん、ちょっとカバン持っておいてくれますか?」


 「は、はい。それは大丈夫ですけど……どうするんですか?」


 「俺が木に登って猫を助けてきます」


 「……え!? あ、危ないですよ!」


 「大丈夫ですよ、俺小学生の頃はいっつも木登りしてましたし。ちょっと待っっててください」


 自慢になるけど、小学生頃は木登りのやすしという異名で呼ばれていたぐらい得意だったことだ。だから管理人さんはすごく心配そうな表情をしてるけど、きっと平気なはず。


 「よっと」


 というわけで俺は木に登ってみる。おお、結構久しぶりだったけど全然余裕で登れるな。よし、このまま一気に行くぞ。


 「ようし、今助けるからな……うん、そのまま落ち着いてろよ」


 そして木の上にいる猫を抱えると、ゆっくりと降りていく。


 「……痛って」


 途中腕を木の枝で引っ掻いてしまったが、なんとか降りることができた。行きは勢いよく行けたけど帰りは結構怖かったな。猫の気持ちが少しわかった気がする。


 「ほら、待望の地面だ。もう変なところに登ったりするなよー」


 俺は抱えていた猫を離す。すると猫はさささっとどこかに行って行った。


 「あ、ありがとうございます丹下さん。本当に木登りがお上手なんですね……あれ、腕、怪我してませんか?」


 「え、ああまあ少し。でもこれぐらい大丈夫ですよ」


 「放っておいていいこともないですよ。ちょっと待っててくださいね」


 管理人さんはそう言うとカバンからゴソゴソと何かを取り出す。……おお、

絆創膏だ。そんなものがカバンの中に入っているなんて本当にしっかりしてる。


 「それじゃあ怪我をしたところに貼りますね」


 「え、そこまでしてもらうわけにはいかないですよ。それぐらい自分でできますし」


 「無理はしないでください。丹下さん、腕が少し震えています。まだ木を登ったばっかりで疲れているんですから、それこそこれぐらい私に任せてください」


 「……ありがとうございます」


 心配そうな表情で管理人さんにそう訴えかけられたら、断ると言う選択肢はない。実際腕は結構疲れていてピクピクしているから、貼ってもらった方がありがたいのは確かだ。


 「ここで大丈夫ですか?」


 「は、はい。すみませんほんと」


 「いえいえ。私がしたいからしてるだけですし。……これでオッケーですか?」


 「全然問題ないです!」


 可愛らしいウサギの絆創膏を貼ってもらい、自然と体が休まる感じがした。不思議だなあ、まだ効き目が出るわけでもないだろうに。


 「よかった。……それじゃあ家も近いですし、も、もしよろしければこのまま一緒に帰りませんか?」


 少し管理人さんが恥ずかしそうにしながら、ちょっと驚きの提案を受ける。でも実際もうすぐの距離にアパートがあるし、別に特別なことではない……よな?


 「! ……そ、そうですね。それじゃあ一緒に帰りましょう」


 と言うわけで、俺と管理人さんは一緒にアパートに帰って行った。一緒に歩いただけだってのに、どこかドキドキしてしまった理由は……この時の俺にはまだわからない。

 

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