管理人さんと連絡先を交換する


 元カノと遭遇するという地獄を体験した合コンから翌日、本来なら午後も学校があったのだが授業が急遽休講となったので、バイトに行く前に一旦自宅に帰ることにした。ちょうど忘れ物してたし、不幸中の幸いってとこだな。


 「……ん?」


 アパートに近づくと、何やら見覚えのある人影が見える。あれって……管理人さんだよな? まだこの時間だと高校に行ってるはずだが。俺の見間違いか?


 「……あ」


 どうやら見間違いではなかったようだ。アパートの入り口前で、管理人さんが何やら大きい板と鉛筆を持って何かしている。はて、一体何をしているんだろう?


 「こんにちは、管理人さん」


 「あ、こんにちは丹下さん……あ、あれ? 丹下さん今日は大学じゃないんですか?」


 「今日は授業が休講になったので一旦帰ってきたんです。忘れ物もしましたから。管理人さんはどうしたんですか?」


 「わ、私は……えっと……その……が、学校が早く終わったので早めに帰ってきたんです。さ、サボったわけじゃないですよ!」


 なんてわかりやすい反応なんだ。絶対学校をサボったんだろうな。管理人さんみたいなしっかりした人がそうするなんてちょっと意外だけど……まあ、そういう時があるのはよくわかる。


 「なるほど。じゃあ俺と一緒ですね」


 なのでそのわかりきった嘘に乗っかることにした。無駄に詮索されても困るだろうし。


 「ところで管理人さん、今は何をしているんですか?」


 「今は絵を描いてます。たまにこうやってアパートの外で絵を描くのが好きなんですよ」


 「へえ! 少し見せてもらってもいいですか?」


 「いいですよ。……ただ、全然上手くないですけど」


 そう言って管理人さんは顔を真っ赤にして緊張した面持ちで俺に絵を見せてくれた。


 「……す、すげえ」


 それを見た俺は、思わず驚きを隠せず声に出してしまう。描かれていたのはどこかの海であったのだが……今にも動き出しそうな流動的な波、繊細なタッチで塗られている青い海、そして近くに立つ綺麗な建物。まるで写真のようにリアルに描かれていたからだ。


 「これ、どこの風景なんですか?」


 「これは私が大好きな写真家さんが自身の住んでいる付近を取った写真を絵に描いてみたんです。その写真がこれですよ」


 「おお……この写真もすごく綺麗だ」


 「そうですよね! 私もいつかこの写真家さんのお家に行ってみたいんです! 何やらレストランをやっているみたいなんですけど、ここからだと遠いしお金もかかるから中々行けなくて……」


 管理人さんは目をキラキラと輝かせながらウキウキと喋っていた。多分俺はここまで楽しそうに喋る管理人さんを見るのは初めてかもしれない。……不覚にも、少し可愛いと思ってしまった。


 「なるほど……確かに機会があれば俺も行ってみたいですね。でも俺も金がないしなあ……もっとバイト頑張らないと」


 「む、無理は禁物ですよ丹下さん!」


 管理人さんは少し心配そうに俺のことを見てそう言った。


 「あ……そうですよね。ほどほどに頑張ります」


 そうだよな、無理しすぎて体を壊しちゃ元も子もない。管理人さんの言う通り、健康を意識して頑張らないと。


 「丹下さん、昨日は夜遅くまで帰ってきてなかったようですし、お身体は大事にしてくださいね」


 「そうですよね……でも昨日は大学の友人に合コン誘われて断れなかったんですよ。それで遅くなっちゃったんですけど」


 「ご、合コン……ですか?」


 合コンというワードを聞いた時、管理人さんの顔が少し不安そうになる。も、もしかして変な集まりだとか勘違いしてるんじゃないか?


 「何もなかったですから! ただ飲み食いしてただけですよ」


 事実そうだ。俺らサイドがあまりにも悲惨すぎて向こうが早めに切り上げてお店を出て行ってしまったため、結局最後は残された男どもで飲み食いをしているだけだったから。俺としては、最後まで由佳と一緒にいなくて済んだから良かったけど。


 「そ、そうなんですか? ……良かった」


 どうやら俺が変なことをしていると勘違いしていたんだろうな。管理人さんが小さく良かったと言ったのを聞いてそう思った。


 「でも昨日はごめんなさい。急だったんで、連絡先とか知らないから伝えられなくて」


 「それは大丈夫ですよ。私が好きで渡してるだけですし。でもそうですね、連絡先ぐらいは交換しましょうか。何かあった時に便利ですし」


 そういって管理人さんはポケットからスマホを取り出して、ラインの画面を開く。……なんか、昨日下心があると思われるんじゃないかと心配したのがバカらしくなるぐらい話がトントンと進んでいくな。


 「じゃあ俺がQRコード読み込みますね。……よしできた」


 管理人さんとアカウントを交換し終わる。管理人さんのアイコンは綺麗な花の絵で、可愛らしいものだった。


 かくいう俺のアイコンは高校の時撮った地元の変な像。センスの差が顕著に出ている。……後で変えよ。大学生らしく後ろ姿の写真でもとるか。


 「……ふふっ。丹下さんのアイコン、面白いですね」


 「あー……それ、俺の地元にある変な像なんです」


 「へえ……この写真もらえますか? 絵に描いてみたいです」


 「え……それは全然問題ないですよ。むしろ描いてくれる方が像も喜びます。んじゃ今チャットで送りますね」


 そうして管理人さんとの初めてのラインは、変な像の写真を送ることになった。もっと良いトークとかできれば良かったんだろうけど……まあ、本人が喜んでくれてるからよしとしよう。


 ちなみに、のちに管理人さんはこの変な像を描いたことでうちの地元からなぜか賞をもらうことになるのだが……それもまだ、遠い未来の話。


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