管理人さんに看病してもらう
翌日。ぼんやりとした意識の中、俺はゆっくりと目を開けた。まだ若干体は重いものの、昨日より全然体の調子は悪くなさそうだし、これなら今日中に治りそうだ。……ん、あれ?
「おはようございます丹下さん。昨日はぐっすり眠れていたようですが、体調の方は大丈夫でしょうか?」
俺が目を覚ますと、側ににっこりと微笑む管理人さんがいた。てっきり自分の部屋に帰ったのかと思っていたけど……。
「あ、おはようございます管理人さん。……も、もしかして一日中見てもらってました?」
「あ、えっと、その……丹下さんに何かあったら大変だと思って……見てました。そ、それにこの部屋の鍵を持っていないので、開けっ放しにするわけにも行きませんでしたし」
「あー……」
昨日は管理人さんに熱さまシートとアクエリもらった後すぐに寝てしまったから、鍵のこととか一切相談してなかった。これは完全に俺が悪い。むしろ管理人さんが残ってくれて本当に助かった。
「すみません、とことんお世話になって。この恩はいつか絶対返します」
「気にしないでください。私が丹下さんのためにしたことですから。それよりも今はお熱を計りましょう。これを使ってください」
天使のような微笑みを向けて、管理人さんは俺に体温計を渡してくれた。脇に挟むタイプだったので、俺は一旦体を少し起こして熱を測る。……お、37度台か。
「37度台でした。これなら今日中に治りそうです」
「油断は禁物ですよ。少しとはいえ熱がありますから。でも安心しました、無事に良くなってくれて」
「それもこれも管理人さんの看病あってこそですよ」
「そ、そんな……大したことはしていませんよ。それよりも丹下さん、お腹は空いていますか?」
「お腹ですか? うーん……少し空いてますね」
「ではおかゆを作りますね。台所を借りてもいいですか?」
「え!? 使うのは全然問題ないですけど……そこまでしてもらうのはさすがに」
「いつもおすそ分けを渡していますから、これぐらい大したことじゃないですよ。では使わしてもらいますね」
確かに、言われてみれば毎日おすそ分けをもらっているのだから今更か。……となると、俺って本当管理人さんの世話になりっぱなしだな。
「管理人さんって、本当に優しいですよね」
ふとそんな言葉が俺から漏れる。
「そんなことないですよ。……私、丹下さんが思っているようないい人じゃないです」
「そうですか? 赤の他人の俺にここまでしてくれる人なんてそうそういないでしょうし」
「……それは、丹下さんも一緒だと思います」
「え? 俺もですか?」
「私と丹下さんが初めてあった時のこと、覚えていますか?」
「あーめっちゃ覚えてます」
あれは忘れようにも忘れられない。俺殴られているし。
「あの時、丹下さんの他にも人がいましたよね? でも誰も助けてくれなかった……丹下さんが来てくれなかったら、私どうなってたか……」
やはり管理人さんにとって怖い思い出なのだろう。台所にいるため顔はよく見えないが、少し声が震えているように聞こえる。
「テスト勉強もそうです。私は塾の生徒と違って丹下さんにお金を渡しているわけじゃありません。でも丹下さんは一生懸命教えてくれて……私からしたら、丹下さんの方がいい人です」
ここまで管理人さんに良く思ってもらえていることは、素直に嬉しい。情けないことだが、顔が少しにやけそうになった。でも、俺としては管理人さんの方がいいことをしていると思う。
「……なんか、俺たちって似てますね」
「え?」
「お互いに人を放っておけないのかもしれないのかなあって思って」
「……確かに。言われてみればそうなのかもしれません」
やっぱりそうなんだろうな。管理人さんも納得してくれたし。
「……だから丹下さんは他の人と違って……接しやすいのかな」
「ん? 今何か言いましたか?」
「い、いえ何も言ってないですよ。それよりおかゆができたので、今持って行きますね」
何か管理人さんが呟いた気がしたんだけど……まあ、本人が言ってないと言ってるんだからそれ以上はないよな。
「熱いので気をつけてください」
「ああ……ありがとうございます。じゃあ、いただきます」
管理人さんがちゃぶ台を俺の近くに寄せてくれたので、熱いお椀を持たずに食べることができる。なので俺はスプーンでおかゆを救って食べ始めた。
「……美味しい」
今まで食べたことのあるおかゆは、味のない、どちらかといえば美味しくない食べ物だった。けれど管理人さんが作ってくれたおかゆはほんのりと塩が効いていて、なおかつ上に乗ってる梅干しがうまく交わってて美味しい。
「……よかった」
その言葉を聞いた管理人さんは、ホッとした表情を見せる。
「ゆっくり食べてくださいね。……あれ、インターホン鳴ってますか?」
「あー鳴ってますね。でも変だな、宅配とか頼んだ覚えないし……」
「私が出ますね」
管理人さんは玄関に行ってくれて、俺の代わりに出てくれた。しかし一体なんだろう……。
「……あら、むさ苦しい息子の家に来たら、可愛い子にお出迎えされちゃった」
「……か、母さん!?」
管理人さんが扉を開けると、そこにいたのは……俺の母親だった。
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