頑張り過ぎてしまったら


 塾のバイトのシフトが増えてから、何かとするとこが増えた。塾が集めた今までのテストを元に家で模擬問題を作ってみたり、やる気のある生徒の自習に付き合ったり、やる気のない生徒にはせめて赤点は取らないよう教えたり、そして管理人さんにも勉強を教えて……。


 そんな生活をしばらく過ごしていたら、最近ちょっと体が重くなった気がする。実際何度か管理人さんに体調は大丈夫かと聞かれたりしたが、自分的には大丈夫だと思ったので平気だと言った。


 まあ実際受験勉強をしていた時の方が無理をしていたし、その時と比べればこれぐらい大したことないはずだ。


 「……おい丹下、大丈夫か。あんまり具合良くなさそうだけど」


 とたかを括っていたけど。生徒たちと管理人さんが中間テスト最終日を迎えた今日、気が抜け始めているのか結構体調が悪くなってしまった。


 朝はまだましだったのだが、授業が進むにつれどんどん悪くなって、三限の授業を受け終わった後に田中にも指摘されてしまうほどだ。


 「わりい……確かにあんましよくない」


 「お前最近バイト詰め込んでたみたいだからな……むしろ今までよく平気で入られたのか不思議だったよ。今日はもう帰れ、残りの授業の出席は俺が取っとく」


 「いや、さすがにそれは悪いというか……」


 「悪くねーよ。むしろお前が無理してこんなつまんねー大学の授業に出ようとする方が良くない。人生健康な体あってこそだぞ。ほら、はよ帰れ」


 「う……。あ、ありがとう」


 ありがたい田中からの申し出により、俺は帰宅することになった。なんとか歩いて帰ることはできそうだから、このまま早く帰ろう。不幸中の幸いというところか、明日は土曜日でバイトも大学もない。ゆっくり休もう。


 「……やばい」


 しかし体は早く帰らせてくれない。時間が経つほど体調は悪化していき、より一層倦怠感が体を襲ってくる。それでもなんとか必死に足を動かして、ようやくアパートの近くまで来ることができた。


 あと少し、あと少しと自分に言い聞かせなんとかアパートにたどり着く。あとは鍵を開けるだけ……あ。


 「か、管理人さん……こ、こんにちは」


 自分の部屋がある廊下の先に、お隣さんである管理人さんがいた。何やら一枚の紙を持っているようだったが、ぼーっとしてしまってよく見えない。


 「あ、丹下さん。こんにち……ど、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ」


 「いや、ちょっと体調を崩してしまって……。で、でも全然大したことないですよ。寝ればこれぐらいすぐに治ります」


 正直みられたくなかった。管理人さんは優しいし、責任感が強いから、自分のせいで俺がこうなったと思ってしまうだろう。だから俺はボロボロの体に鞭打って必死で取り繕った。


 「じゃあ俺はこれから寝るんで……っ」


 突き入れられないように、さっさと帰ろうと鍵を開けようとした。けれどどうしてだろう、家に着いたことで安心してしまったのか、それとも……管理人さんを見たことで安心したのか、鍵を開けた瞬間体から力が抜けてよろめいてしまう。


 「あ、危ない!」


 危うく床に倒れ込みそうだったが、管理人さんが支えてくれたおかげでそうはならなかった。


 「大したことなければこんなことにはなりません。……私がもっと強く無理しないようにいうべきでした。丹下さん、今から私が看病します、いいですね?」


 「……ありがとうございます」


 もうここまで醜態を見せてしまっては断れない。俺はこくりと頷き、鍵を抜き取って管理人さんに支えられながら一緒に部屋の中に入る。


 「布団は……ここでしたよね。今敷きますね」


 荷物の整理をしてもらったおかげで管理人さんは俺の部屋に何がどこにあるかを把握している。なのでスムーズに布団を用意してもらえて、俺はすぐに横になることができた。


 「熱さまシートとスポーツドリンクを持ってくるので一旦離れますね。少し待っててください」


 そういって管理人さんは布団で横になった俺に一言声をかけて、一旦自身の部屋に戻っていった。……はあ、情けない。自己管理もろくにできずにまた迷惑をかけてしまって。


 「……ん」


 急いでいたからだろうか、管理人さんは紙を一枚落としていった。偶然それが俺の顔に落ちたので、俺は手でそれを取る。……あれ、これって……。


 「英語のテストだ……93点も取れてる」


 それは管理人さんの英語のテストだった。そういえば前に英語は1日目にあるから、返却が早くなりそうだと言っていたな……だからもう結果が帰ってきたのだろう。


 目が霞んでしまうためざっとでしかみることはできないが……教えたところは全部ちゃんと取れてる。……そりゃそうか。管理人さん、頑張ってたもんな。


 「すみません、お待たせしました……あ、て、テスト落としてましたか?」


 熱さまシートとアクエリを持ってきてくれた管理人さんは、テストをここに落としていったことに気づいて少し恥ずかしそうにしている。


 「ごめんなさい、勝手に見ちゃって。……でもちゃんと結果出せてすごいですよ」


 「そ、そんな……。丹下さんが勉強を教えてくれたからです。こんな風になるまで丹下さんが無理してしまったのに……それで結果が出せなければ、それこそ酷い話ですから」


 「でもいい点取ることって難しいことですから。管理人さんが頑張った証ですよ……ゴホゴホ」


 「今も無理しないでください。今日のところは私がしばらく見てますから……ゆっくり寝てくださいね」


 「……そうします」


 管理人さんが優しく微笑みかけて、熱さまシートを貼ってくれ、そしてアクエリを飲ませてくれたあと……俺は目を閉じてゆっくり眠りに落ちた。


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