管理人さんとしばしの別れ


 七月。大学での初めての試験を迎えてあたふたした日々を過ごしていたが、それが終われば長い夏休みが待っている。


 「シャア! 最後の経済政策のテストも終わった! 夏休みだおらあ!」


 そして現在、前期最後のテストを終えて田中が喜びの雄叫びをあげる。まあその気持ちはすごくわかる。大学のテストはめちゃくちゃ簡単なものもあれば激ムズなものもあり、結構疲れるからだ。


 それとやっぱり夏休みってのはいつでも楽しみなものだから。


 「言うて俺ら明日から免許合宿じゃん。テスト終わってすぐはちょっときついぜ」


 「しゃーないだろ。夏は混んでるからむしろ予約できただけいい方だ」


 田中と他のサークル仲間がそんな会話をしているのを聞いて、そういえば明日から免許合宿かと思い出した。確か期間は大体二週間ぐらいだよなあ……。


 「どうした丹下。なんか元気ないぞ。落としたか?」


 「いや、そう言うわけじゃない。……まあ、無事に免許取れっかなーって」


 「そりゃなあ。でもな、免許よりも大事なことがあるだろ?」


 「免許合宿に? なんだよ」


 「出会いだよ出会い! 俺はかけるぜ、彼女を作ることになあ!」


 「……」


 田中はこう言うやつだから特に言うことはないけどさ。でも別に俺は出会いを求めてるわけじゃないしなあ……それに、二週間かあ。


 「さてと、そんじゃ明日の準備もあるし今日は早く帰ろうぜ」


 「そうだな」


 と言うわけで俺たちはテストが終わると早めに家に帰宅した。まあ言うて男だから必要最低限のものさえ持っていけばいいからそんなに時間はかからないけど。

ただ時間がかからないからこそなかなか準備しようとせずに結局時間ギリギリになるんだよな。


 「あ」


 アパートに着くと、美来が絵を描いていた。


 「こんにちは泰さん。……今日はサボりじゃないですよ! もう夏休みに入ったので思う存分絵を描いてただけです」


 「言われなくてもわかってるよ。この前夏休み入ったって言ってたし」


 「そ、そうですよね。すみません、何かとサボって絵を描いてる時に遭遇するものですからつい……」


 確かに2回とも美来が学校サボった時だからな。ちょっと敏感になるのもわかる。


 「そういえば泰さんは明日から夏休みでしたっけ?」


 「うん、今日テストが終わったから明日から夏休みだよ」


 「じゃあお互いに夏休みですね。ここはあまり遊ぶ場所はないですけど……素敵な夏休みを送ってください」


 美来はそう言って俺に微笑みかける。事実ここら辺に遊ぶ場所なんてないけど……まあきっと、俺は楽しい夏休みを送れると思う。


 「……と、ところで泰さん。……よろしければ今度、一緒に美術館に行きませんか?」


 「美術館?」


 一旦絵を描く手を止めて、美来は恥ずかしがりながら俺を誘ってきた。


 「今度私の好きな画家さんの個展があるんです。泰さんにもぜひ一緒に見に行って欲しくて……ど、どうですか?」


 美来が好きな画家さん……絶対すごい絵を描く人なんだろうな。


 「うん、俺も行ってみたい。それっていつやってるの?」


 「すごく短い期間なんですけど、来週の月曜から一週間の間にやるみたいです」


 「……あ」


 運がない。ちょうど俺が合宿免許に行っている期間にやっているとは。


 「……ごめん。明日から合宿免許に行くんだけど、それ二週間かかるから……いけない。ごめん、せっかく誘ってくれたのに」


 俺は美来に謝る。すると美来は一瞬顔が固まってしまうも……。


 「それは仕方がないですね。気にしなくて大丈夫ですよ、泰さんは悪くありません」


 すぐに立て直して美来はにっこりと笑う。……気のせいか、作り物みたいな笑顔だった気がしたけど、俺がそれを指摘するわけにはいかない。


 「じゃあしばらく泰さんがいないってことですね」


 「……うん。まあ言うて二週間で帰ってくるけど」


 「免許頑張ってくださいね。きっと泰さんなら大丈夫でしょうけど」


 「うーん、それが結構不安。頑張るけどね」


 「大丈夫ですよ! 泰さんがここぞと言うときに頑張れるのは私知ってます!」


 「そう言ってもらえると勇気がもらえるや。……さてと、そろそろ明日行く準備するから部屋に戻るね」


 「わかりました。じゃあまた……と言っても夜にお邪魔しますけど」


 「そうだった。まあそれまでには準備済ませとくよ。それじゃあ」


 そして俺は準備をするために部屋に戻った。はあ……美術館行きたかったな。でももう合宿免許の金も払ったし、運がなかったと思うしかない。さてと、まずは服から用意するか。


 こうして俺は呑気に明日の準備を始めた。


 「……あれ、どうして涙が出るんだろう……」


 外では、美来が絵を描きながらポロンと涙を流したことを知らずに。


 ――――――――――――


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