管理人さんと料理を作る


 家に帰ると、俺は管理人さんの部屋にお邪魔して料理を作ることになった。管理人さんの部屋の方が何かと調理道具も揃っているからと言うことで本人から申し出があったからだ。


 それで一体俺らが何を作るかといえば……管理人さんが好物だと言う炊き込みご飯と味噌汁だ。


 「さてと、それでは始めましょうか。まずはこんにゃくと人参、それと油揚げを切っていきましょう」


 そう言って管理人さんは予め用意してあった包丁を俺に渡す。包丁を持つなんていつ以来だろうか、多分小学生の頃にしたお手伝いの時まで遡るよなあ。


 「うーんと……こう切ればいいのかな」


 「あ、その持ち方はちょっと危ないかもしれません。こうやって持って持つといいと思いますよ」


 「!」


 管理人さんは変な持ち方をしている俺の手を正すために、自身の手を使って、正しい握り方を直に教えてくれた。不覚にも結果的に手を握られているのでどきりとしてしまったことは言えない。


 「そうです! その形でバッチリですよ。それじゃあこうやってストンと切っていきましょう」


 「こ、こうですか?」


 「はい、とても上手です。ではゆっくりでいいので進めていきましょうか」


 優しく管理人さんが教えてくれたおかげで、多少不格好ながらもなんとか材料を切ることができた。その次に米を洗ったり、だし汁を作りそれを米の中に入れて、最後に切った具材を入れたらあとは炊飯器にお任せする。


 「次はお味噌汁ですね。ではお水を沸かしてだし汁を入れましょう。難しくないので、あとは気楽にやれば大丈夫ですよ」


 「わ、わかりました」


 管理人さんにそう言われたので、俺は落ち着いて言われた通りやってみる。難しいことを要求されているわけではないため苦戦することはなかったが……。


 「うーん……」


 いざ味見をしてみると、味はするものの特別美味しいとは思えなかった。かつては味噌汁なんて誰が作っても同じだろうと思っていたが、自分で作ってみると意外と難しいものなんだと実感する。


 「全然問題ないと思いますよ。私が最初に料理をした時は味すらしなかったですから。これからうまくなって行けばいいんです」


 「え、そうなんですか? 管理人さんが?」


 あんなに美味しいご飯を作る管理人さんにもそんな時があったのか……全然信じられない。


 「はい、そうなんです。小さい頃、父と一緒に母の仕事が終わるまでに夕食を用意しようと作り始めたのが初めての料理でしたけど……父も私も全く料理ができなかったですから、下手くそな料理を出して母に笑われたのはいい思い出です」


 「微笑ましい話ですね。でも今じゃすごく美味しいご飯を作れるようになってご両親も鼻が高いんじゃないですか?」


 「……だといいんですが。父はもう天国に行ってしまったので、知る由もないですし」


 少し寂しそうな表情を見せながら、管理人さんはそう言う。……そっか、管理人さんも父親がいないのか。俺とは事情が違えど、その辛さはよくわかる。


 「あ……ご、ごめんなさい! なんか余計なこと言っちゃって」


 「い、いえいえ。丹下さんが謝る必要はないです。私が勝手にしんみりしてしまっただけですし。あ、それよりもそろそろご飯が炊けそうです。食べる準備をしましょう」


 そんなこんなで炊き込みご飯も出来上がり、俺たちは食事の準備をする。香りに関してはバッチリいい匂いをしているのだが、味は食べてみないとわからない。うわー緊張するなこれ……。


 「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。きっとうまく出来てます」


 俺が緊張していることを察したのか、管理人さんは俺ににっこり微笑みかけてそう言ってくれた。……まあ、そうだよな。管理人さんが見てくれてたわけだし、きっとうまくいってるよな。


 「では用意もできたことですし、食べましょう! いただきます」


 「い、いただきます」


 食卓に俺が作った炊き込みご飯と味噌汁が食卓に並び、食前の挨拶を済ませて俺はまず炊き込みご飯を口の中に運ぶ。


 「……お」


 するとどうだろう。俺が思っていた以上にご飯の味がしっかりと出ていて、なおかつちょうどいいかみごたえをお米と具材が出していて……少し感動した。もちろん管理人さんが作ればもっといいものができたのは間違いないけど。


 だが肝心なのは管理人さんの反応だ。俺は管理人さんに食べさせたくて作ったわけで、等の本人がいまいちな反応を見せていたら……意味がない。


 俺は恐る恐る管理人さんの方に目線を向ける……。


 「……! 美味しいです!」


 管理人さんはご飯を頬張りながら、美味しそうに食べてくれていた。それを見た俺は、心の中で「よっしゃー!」と絶叫してしまうぐらい、嬉しかった。


 「自信を持っていいと思います。きっと丹下さんはもっと料理が上手になると思いますよ」


 「そ、そうですか……へへ」


 我ながら間抜けな笑いが出てしまったと思う。けど管理人さんに褒められたので嬉しくてつい。そしてその嬉しさの熱が、俺にあることを言わせた。


 「な、なら……またいつか管理人さんにご馳走します。今度は一人で作って、もっともっと美味しい料理を作りますから!」


 言い終わった後に、まるで告白みたいじゃないかとも思ってしまった。けどまた管理人さんが嬉しそうに俺が作った料理を食べる笑顔が見たいから、そういったんだ。


 「……! はい! 楽しみに待ってますね!」


 それに管理人さんは笑顔で返してくれた。そして俺らはあっという間にご飯を食べ終わり、食器洗いを手伝って解散した。


 ……にしても、遠い未来で俺が管理人さんと交互にご飯を作りあうようになるなんて……この時には想像もしてなかったな。


 ――――――――――――


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