管理人さんはもうあの頃とは違う
あれから数日が経った。宣言通りあの人はあれ以来このアパートには姿を表していなくて、私の前にも姿を表していない。だけど、コンテストの締め切り日は容赦無く迫ってきてて……正直、焦っている。
「美来、大丈夫?」
「え!? あ……顔に出てましたか?」
その心境を察してくれたんだろう。一緒にご飯を食べているとき、泰さんは心配そうに私に声をかけてくれた。
「うん、顔色も最近悪いし。……でも、大丈夫なわけないよね。俺が何かしてあげられれば……」
「や、泰さんが気にすることじゃないですよ! 私が……私が頑張れば何事もなく終わりますから……」
そう、私が頑張って賞を取ればいいだけなんだ。そうすれば泰さんは無事で入られて、一緒にいられるはずだから。だから……私は絶対にいい絵を描かないといけない。そのためには寝る時間なんて潰してずっと描いてないと……。
「美来、でも無理は禁物だよ。今日、寝てないでしょ?」
「え!?」
毎日顔を会わしているからか、寝てないことが泰さんにバレていた。……やっぱり、泰さんには隠し事はできないや。
「やっぱり。寝なくて体調崩したらそれの方が問題だろうし、睡眠は取りなよ。焦る気持ちはわかるけど」
「その通りです……」
「まあ、俺も美来に何度か注意されたから人のこと言えないけどさ」
「……やっぱり、私たちって似た者同時ですね」
「ほんと、その通りだよ」
「ふふっ」
少し気持ちが緩んだのか、私はクスッと笑う。ああ、泰さんとこうしておしゃべりするだけでも気持ちが楽になる。どうしても、絵を描いているときは孤独との戦いになるから……。
「でも美来、一人で気負いすぎないでね。絵に関しては俺、できることはあんまりないかもだけど……いざとなった時の対策は立ててるから」
「泰さん……」
「一緒に頑張ろう。……ちょっと美来が背負うことが多いかもしれないけど」
……そっか。確かに絵を描くときは孤独かもしれない。中学の時も、あの人にいじめられていた頃も私はずっと一人だった。だけど、今は違う。私には泰さんがいる。一緒に困難を乗り切ってくれる、大好きな人がいるから。
中学の時みたいに苦しく絵を描く必要なんてなかったんだ。泰さんの応援を糧に、自分が良いと思う絵をキャンパスに描いていけば……!
「そんなことないです。泰さんが一緒に頑張ろうって言ってくれるだけで……今の私は心がポカポカしてますよ」
「それは良かった。でも心がポカポカって……美来、たまに使うけどそれってどんな感じなの?」
「え? そ、それは……太陽が出てる時に日向ぼっこしてるみたいな感じです。……あ、でももう一つあります」
「もう一つ?」
「それはですね……」
私は泰さんの近くに寄っていき、泰さんのお膝に座る。我ながら恥ずかしいことをしている自覚はあるけど……ここに座ってる時が、一番私の心が休まるのも事実だから。……だからつい、座っちゃう。
「なるほど、美来の特等席だもんな。……にしても、これじゃあ猫みたいだ」
「……にゃ、にゃあ」
「!?」
泰さんに猫みたいって言われたから、つい勢いでにゃあって言ってしまった。言った後に猛烈に恥ずかしい気持ちが襲ってきて、私は悶えてしまう。ああ、なんでこんなことしちゃったんだろう……。
「……可愛すぎだろ」
でも、泰さんは口に手を当てながら可愛いと言ってくれた。だから私はちょっと嬉しくなって、ついニコッと笑ってしまう。
「……ねえ美来、頭撫でていい?」
「……いいですよ。猫みたいに、なでなでしてください」
「……ほんと可愛いな」
それから泰さんが優しく頭をなでなでしてくれて……私の心はポカポカを通り越して、メラメラと燃えているみたいにドキドキしてる。ああ、やっぱり泰さんとの日々は絶対に守らないとダメだ。だから……頑張ろう!
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