管理人さんとお絵かき


 「……ふざけてんのかあの教授」


 六月に入り大学の授業も半分を切ったころ、俺は大学の休講掲示板をみてついそう言ってしまった。何せわざわざ学校に来て休校を言い渡されてしまったからだ。


 「ヤベーなあの教授。今回で休講4回目だろ? ギリギリまで休んでんじゃん」


 「しかも代講もないらしいぞ。……なんか、俺までやる気を奪われるな」


 「まー変に課題を増やされるよりはましだ。さて、これからどうする丹下?」


 「四限のこの授業がなくなったら今日は終わりだし……帰るわ」


 「おけ。あ、そうだ。夏休みにサークルで免許合宿を申し込むかって話になってんだけど行くか?」


 「免許ねえ……まあ、あったら便利か。金いくら?」


 「これぐらい」


 「う……ま、まあなんとか払えなくは……ない。行く」


 塾のバイトで結構稼いでいるとはいえど、やっぱ免許合宿は高い。とはいえ免許を持っていた方が何かと便利だろうし、教習所に通うより時間も短く済む。


 「了解。じゃあ明日申し込み書渡すわ。じゃあ俺はレポートやって5限受けるからじゃな」


 「んじゃな」


 そんなわけで俺は学校から帰宅することになった。今日はバイトもないのでどこかに行ってもよかったのだが、それだと免許代に影響しそうなのでまっすぐ帰ろう。


 というわけで裏道を使ってさっさと帰ろうとしたわけなのだが……。


 「……ん?」


 その通りの途中にある公園で、見覚えのある姿が見えた。……あ、やっぱり、美来だ。なんか、前に猫を助けた時と同じ展開だな。……あれ、でも今日はまだ高校は授業中じゃないか?


 「こんにちは」


 俺は制服姿の美来に声をかける。


 「こんにち……あ、や、泰さん!? ど、どうしてここに!?」


 すると美来はあたふたとした様子を見せる。あ、これはまたサボったくさいな。


 「まあまた学校が早く終わって。それよりも美来こそどうしてここに?」


 「え、えーっとー……そ、そのー……さ、サボりました。……あんまり行きたくなかったので」


 二度目ということでもう誤魔化せないと思ったんだろう。美来は正直に白状した。


 「なるほど。まあそういう時もあるよね」


 「……お、怒らないんですか?」


 「俺も経験あるし。学校なんて無理していくものじゃないよ」


 「……相変わらず優しいですね、泰さんは」


 「美来ほどじゃないよ。それで、今は何をしてたの?」


 「今は……絵を描いてました。何枚か描いてはいるんですけど、中々納得いくものができなくて……あ、そうだ! 泰さん、絵のモデルになってもらってもいいですか?」


 「……え?」


 思わぬ提案に、俺はキョトンとしてしまう。何せ俺は別にイケメンというわけでもないから、絵に描いたって面白くないと思うんだが……。


 「いきなりですみません。でも、泰さんを描いてみたいんです。……だめ、ですか?」


 だがどうやら美来はどうしても俺の絵を描いてみたいみたいだ。……そんな風に言われてしまっては断ることなんてできるわけがない。まあ、減るものじゃないしいっか。


 「わかった。じゃあどこにいればいいかな」


 「! あ、ありがとうございます! それじゃあここのベンチに座ってもらっていいですか?」


 「了解」


 俺は美来に言われた場所に座る。


 「それじゃあ今から似顔絵を描きますね。姿勢が辛くなったらいつでも言ってください」


 そうして美来は鉛筆を右手に持って、ノートに俺の似顔絵を描き始めた。……それにしても、似顔絵を描かれるなんて初めての経験だな。


 「……」


 美来は真剣な顔でちらりと俺をみては鉛筆を動かす動作を繰り返している。動くわけにはいかないので、俺はずっと美来の顔を見ているのだが……。


 (……真剣な顔も様になってるな)


 そう思った。元々美来は端正な顔をしているから、どんな顔をしても様になるんだろうけど、今までこんな真剣な表情をしているところは見たことがなかったからだ。


 (……にしても、どうして学校に行きたくなかったんだ?)


 じっとしているため、考え事もしてしまう。俺もサボりは経験しているから気持ちはわかる。けど美来みたいな真面目な人がどうしてって疑問はなくはない。……いつか聞くことができたらいいんだけど。


 (……そういえば、俺って美来のことあんまり知らないんだなあ)


 まだ出会って数ヶ月だからまだまだ知らないことがあっても当然だろう。むしろ同じアパートという関わりだけでここまで仲良くなれたことの方が珍しいかもしれない。


 だけど……自分でも不思議なことに……もっと美来のことを知りたいと思ったんだ。もっと仲良くなりたいからか、それともただ単に興味本位か、それとも……。その理由は、わからないけど。


 「できました!」


 そんなことをぼんやりと考えているうちに、美来は俺の似顔絵を完成させていた。


 「ど、どうですか……泰さん」


 恐る恐る美来は俺に似顔絵を見せてくれた。


 「……やっぱりうまい。若干美化されてる気がするけど」


 前に見た絵と同様に、美来の画力はとても高くて俺とそっくりだった。ただ、なんか俺が思っている俺とは少し違ってかっこよかったけど。


 「そ、そうですか? ……私から見た泰さんはこうだったんですけど」


 「え? そうなの? ……ありがとう」


 「いえいえ、こちらこそお礼を言う立場です。ありがとうございました」


 美来はぺこりと頭を下げてお礼をいう。


 「それじゃあこの絵は……………………」


 「ど、どうしたの?」


 なんかすごく悩んだ表情を美来がしだした。え、一体どうした?


 「…………泰さん。この絵、私が持っていてもいいですか?」


 「え、全然いいけど」


 もしかして俺に渡すかどうかを悩んでいたのか? 


 「あ、ありがとうございます。それじゃあ、大切に保管しますね」


 俺が描いたわけじゃないのに、何やら美来は大切そうにその絵を保管した。うーん、よくわかないけど……会心の出来栄えだったのかな?


 「それじゃあ帰ろうか」


 「そうですね。そういえば泰さん、今日の夕ご飯は何がいいですか?」


 「美来のお勧めで」


 「わかりました。それじゃあ頑張って作りますね!」


 ――――――――――――


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