嫌な思い出
泰さんがトイレに行っているほんの少しの間なのに。私は運悪く、中学時代の、一番会いたくない同級生……同じ美術部だった佐藤さんと出会ってしまった。
今、凄く楽しい生活を送れているのに。あんなこと、忘れられそうだったのに。どうして思い出させるようなことになっちゃうの……。
「ねーねーどうして卒業式来なかったの〜。私すっごく寂しかったんだよ? 最後に思いっきりいじめることができなくてさ!」
「……」
「何黙ってるの? はっ、顔しか取り柄がないくせにほんと生意気だよねあんた。しかも中学のとき私の悠人くんたぶらかしてさ!」
その人は私の隣に無理やり座って、他の人に見えないよう私の腕を思いっきりつまんでくる。声を出して助けを呼びたかったけど、昔の怖い記憶が声をふさいでしまう。
「……ご、誤解……です」
それでもなんとか小さな声でそういうことはできた。……だって、本当に誤解なんだもの。確かに悠人という人には告白された。だけど私はちゃんと丁寧にお断りした。だけどそれを根に持ったその人が嘘で塗り固めた、酷い話を一方的に広げて……。
それを信じた、悠人という人に片思いをしていた佐藤さんは、私のことを毎日いじめるようになった。……少なくとも、今やられてる事が大したことないことを平然と。
それでもなんとか、病気のお父さん、仕事が忙しいお母さんに心配をかけないよう通うようにはしてたけど……。
その努力をあざ笑うかのように、お父さんは亡くなってしまった。それ以来、私は中学校に通っていない。
「嘘はやめて〜。じゃあなんでわざわざ引越ししたの〜? 後ろめたいから逃げたんでしょ〜?」
「っ……い、痛い……ち、違います」
引越しは、お父さんが亡くなったことで住んでいた家を売らないといけなくなかったから。だから母方の祖父が持っていた、今住んでいるアパートに引越ししないといけなかった。母の勤め先も近かったから、安心できた。
……ただ、引越した後にお母さんは海外に行くことが決まって。でももう高校生だから大丈夫だと、一人でも平気だと自分に言い聞かせて、なんとか通うことはできた。たまに、どうしても行きたくない日があったけど。
でも、今は前を向いて歩けてる。だって……大好きな泰さんがいるから。
「へえ〜まだ嘘つくんだ。ほんと、性格最悪だね。あんたのせいで、私は結局悠人くんと付き合えなかったってのに。申し訳ないと思わないの?」
「……だ、だから私は……」
「グダグダ言ってないで早く謝れよブス」
「っ……」
佐藤さんは私の耳元で、私だけに聞こえるようにそういう。それは私を恐怖のどん底に陥れるには十分すぎるぐらい、怖くて……私は震えることしかできない。
「謝らないの? はあ……仕方ないな。じゃあ中学の時みたいに徹底的にいじめるしかないかあ。あーあ、ほんとはこんなことしたくないのに。柏柳さんがブスでノロマで性悪女だからやらざるを得ないなあ」
「っ……や、やめて……」
「拒否権なんてないから。ほらさっさと歩いて」
無理やり私の手を引っ張って、佐藤さんは私をどこかに連れて行くこうとする。なんとか抵抗しようとしても、身体中が恐怖に苛まれてうまく動かすことができない。こ、このままじゃ私……あの時みたいに……。
「美来?」
「……や、泰……さん」
連れてかれそうになった時、泰さんが来てくれた。……そうだ、今はあの時とは違う。泰さんが……私にはいる。
「あれ、柏柳さんの知り合いですか〜? 私、佐藤っていうんですけど〜柏柳さんの中学の友達で〜。今から一緒に遊びに行こうって言ってて〜。なのでちょっと柏柳さん借りますね〜」
ただ、佐藤さんは私と話す時とは真逆の雰囲気で、泰さんにそう言って私を連れ出そうとする。
「……美来から手を離してください」
「……は?」
だけど、泰さんはそれを見送ることなく、私の片方の手を掴んで止めてくれた。
「友達ならどうして美来の顔が恐怖してるんですか? 下手な嘘はつかないでください。今すぐ、美来から手を離してください」
「え? いやだなあ、たまたまですよ。ね、柏柳さん」
中学の時も、私の異変に気づいてくれる人はいた。だけど佐藤さんはこう言ってごまかして、私にもごかましを強制した。私自身、後でやり返されるのが怖くて……従ってた。だから恐怖に支配された今も……頷いて……。
「そんなわけがない」
しまいそうだった。だけど、泰さんがそうはっきり言ってくれた。見て見ぬ振りなんて、一切しなかった。
「今すぐ美来から離れてください。できないなら、警察を挟んで話しましょう」
「……ちっ。なんなんあんた?」
佐藤さんは放り投げるように私の手を離した。
「美来の彼氏です。俺たちまだデートの途中なんで、失礼します。それじゃ、行こっか美来。ごめん、待たせちゃって」
「……はい!」
泰さんは私の手を、優しく、でもがっちりと握って恐怖で足が重い私をエスコートしてくれて……。そのぬくもりは、今すぐ涙が出そうなぐらい、温かい。
……やっぱり私、泰さん大好き!
★★★
(……あれに彼氏? ありえね。フザケンナ。あんなクソブス野郎が幸せになって、私がならないとか意味わかんね。……ぜってーボコしてやる、あんな幸せ、ズタズタにしてやるからな)
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