管理人さんと朝のひと時


 晴れて恋人になったあの日から二日経った。あの日の翌日は運転の疲れが酷すぎて丸一日爆睡していたらしく……美来と一緒にいられなかった。


 我ながらなんて情けない彼氏なんだ! ああもう……今日から美来は夏休み終わって学校に行くから一緒に居られる時間が限られるってのに……。大学生と高校生は日程が揃わないところが不便だ。


 「おはようございます、泰さん」


 そんな朝から絶望している中、今日から学校と言うことで制服姿の美来は優しい笑顔で俺の部屋にきてくれた。以前から来てくれてるから何も特別なことではない。普段通りなんだ。


 ……それがたまらなく愛おしいんだけどさ。


 「おはよ美来。……昨日はごめん、爆睡してて」


 「私も昨日は夏休みの宿題を終わらしてましたから大丈夫……でしたよ。……いや、大丈夫じゃなかったです。だから今日は昨日の分も甘えるつもりです」


 「ご、ごめん。でも学校あるんじゃ?」


 「……サボっちゃダメですか?」


 美来は訴えかける瞳を俺に向ける。やっベー……猫が餌を要求してるみたいにめっちゃ可愛い。サボらせてあげたい、頭撫でてあげたくなる。だが


 「さすがに許可できないかなあ。……新学期早々彼氏と一緒に居たいからサボるってのはまずくない?」


 一応俺も大学生で塾講師もしてる立場なのでね。そう言っておく。サボりたい気持ちはすごくわかるけど。


 「……だって一緒に居たいんだもん」


 「!?」


 だがとんでもないカウンターを食らってしまった。たまに美来が見せる子供口調……ああもう、可愛くて仕方がない。俺だってできたら一緒にいたい。くー! 頭の中がごちゃごちゃする。


 「で、でも今日は始業式だけでしょ? なら早く帰れるだろうし頑張って行っておいで」


 なんとか、さすがに理性が勝った。


 「……わかりました。じゃあ帰ってきたら甘えます。泰さん、寝ちゃダメですよ」


 「わかったよ。今日は意地でも起きて待ってる」


 「楽しみにしてます! それじゃあ朝ごはん作りますね」


 そんなこんなで美来は朝ご飯を作り始める。相変わらず手際よくご飯を作っていく様はさすがとしか言いようがない。


 「ではご飯にしましょう」


 そしてご飯が出来上がると、二人一緒に食前の挨拶を済ませて食べ始める。うん、今日も相変わらず美味しいご飯だ。


 「ところで泰さん。泰さんはいつまで学校がお休みなんですか?」


 「俺の大学は九月の中旬までかな。特に夏休みの課題もないからゆっくりするつもり。まあバイトはあるからそんなに暇な時間もないけど」


 「そうなんですね。……早く冬休みになってほしいです」


 「早いな」


 「……だって泰さんとまた遊びに行きたいんですもん」


 「あー……それは俺も一緒。でも今は金稼がないとなあ……先月使いすぎてしばらくなーんもできないや」


 なにせ八月は給料前借りしてるから生活費がやばい。一旦立て直すためにもしばらく贅沢とかは無理だ。……そりゃあ、俺だって美来とどっか行きたいけどさ。


 「でも、一緒にお散歩するだけでも私は十分ですよ」


 「うーん……誰かに見られるとなあ」


 「あ。た、確かに……」


 別に今までも何度か一緒に歩いたりはしたが、それは近くの公園から家までとかなり限定的な距離だけだ。範囲を広げるとお互い学校の知り合いにあったりするかもしれないし……それは気まずい。


 「じゃあ公園で遊びます?」


 「それはそれで目立つ気がする」


 いい歳した二人が公園で遊んでたらまあ目立つよな。


 「……難しいですね」


 美来の言うとおり、せっかく恋人になっても一緒に遊ぶのってなかなか難しい。金があれば範囲は広がるんだけどなあ……。


 「……でも、こうやって毎日ご飯食べたりできるのは、他のカップルよりも幸せだと思います」


 「……確かに」


 言われてみれば、俺たちは毎日顔を合わせて一緒にご飯を食べたりしてる。思えばこれをできてるカップルってのはそんなに多くない。俺たちはすでに十分幸せだな。


 「まあ、俺たちができる範囲でのんびり付き合っていこう」


 「それが一番ですね」


 そんな会話を交わしているうちに、お互い朝ごはんを食べ終わって美来は登校する時間になった。


 「そんじゃ食器は俺が洗っとくから。いってらっしゃい」


 「……」


 「どうした?」


 「…………あの、その……ひとつおねだりしてもいいですか?」


 「おねだり?」


 もじもじしながら美来がそう言っている。一体何をおねだりするんだ? また学校サボりたいって言うのかな? 


 「…………行ってきますのキス、して欲しいです」


 「…………!?」


 美来の要求は、俺の思っていた以上のものだった。言った本人も顔を赤くしてしまっている。そ、それは恋人に域を超えてる気もするけど……。


 「……どうしても?」


 「……出来れば。してくれたら……元気が出ます」


 「……学校頑張れるってこと?」


 「……そうです。……そ、そうだ。し、してくれないと学校サボります!」


 「考えたなあ……」


 とっさの判断だろう。美来はキスをしないと学校をサボると宣言してしまった。そんなにして欲しいのか。


 ……うう、俺からキスをした経験はないから上手くできる自信がないんだけど。

でもなあ……しないと学校サボられるし。


 「……わかったよ。………………これでいい?」


 俺は美来の唇に、下手くそながらキスをした。果たして向こうはどう思ってんのかよくわからないけど……。


 「……ありがとうございます! とっても元気出ました。それじゃあ、行ってきますね」


 まあ、それなりには上手く行ったらしい。美来は照れながらも、嬉しそうにお礼を言って元気よく学校に登校していった。


 「……ああ、めっちゃ緊張した」


 それを見送った俺は、顔を冷やすために冷えたペットボトルを取り出して顔に当てるのだった。


  ――――――――――――


 よろしければレビュー(星)やフォローをよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る