どうするべきだったのかな
今日も今日とて大学が終わった後にバイトだ。大学の授業が本格的に始まったから結構疲れるけど、美来とまた一緒に旅行できるよう無理なく頑張れている。それにもうすぐいよいよ誕生日だし。ケーキが待ち遠しい。
「……あれ、遅いな」
そして今日は宮川さんの授業をする日なんだけど……時間になっても来ない。なんだかんだいつも時間には来ていたのに……どうしたんだろうか。とりあえず来るまで問題でも用意しておくか。
「……あ」
それから数十分。宮川さんの姿が見えた。けどなんか……今日はいつものような元気がない。
「……ごめん先生。遅れちゃった」
「それはまあいいよ。それよりどうしたの? いつもより元気がないみたいだけど?」
「……オーディション、落ちちゃった」
……なるほど。だから元気がないのか。最近は結構疲れた様子も見せてたし、本人も一生懸命やってきたんだろう。それでも結果が出ない辛さは、きっと俺が思っている以上に辛いものに違いない。
「……で、でも大丈夫だよ! 今日も授業頑張るから! 先生にこれ以上迷惑かけたくないし!」
だけど、宮川さんはその辛さを見せまいと気丈に振る舞う。きっと俺に心配かけまいと気を使ってくれているんだろう。そのご好意を無駄にするわけにもいかない。
「……わかった。それじゃあ授業始めるね」
だから俺はいつも通り授業を始めた。努力した人に次頑張れ、なんて言うのは酷なことだろうし。俺が今できることは、こうして普段通り接することぐらいだ。
そしてゆっくりと時間は過ぎ去っていき、いつもよりも時間が長く感じたけれど、それでも授業は無事に終わった。宮川さんは無い元気を無理やり引き出して明るく振舞っていたけど……やっぱり、心配だ。
「じゃあね先生!」
「……うん、またね」
でも宮川さんは俺に心配をさせる隙すら与えずに授業が終わるとさっさと帰ってしまった。どうするべきだったのかな。無理に励ますのは返って逆効果になるかもしれないけど……それでも、何か言った方がよかったのかな。
こう言う時、自分の無力さを痛感してしまう。
そんな後悔を感じながらも、バイトの時間は続いていく。もちろん他の生徒には関係のないことなので切り替えて授業をしたけど。ただ、どこか、頭の隅で引っかかってたのも事実で……結局、終わった後にまた悩んでしまう。
「……うーん」
帰宅の道。喉が渇いたのでアパートの近くの公園にある自販機で小さなお茶を買って一息つくことにした。早く返って美来に会いたい気持ちもあるけど、余計な心配させるのも良くないと思ったから。
「……あれ?」
「……せ、先生!?」
そしてベンチに座って一息つこうかと思った時……そのベンチには、先客がいた。しかもその先客というのは……宮川さんだった。
「……ど、どうして先生がここに?」
「家が近くなんだよ。だから帰りの途中で寄ったんだ。……宮川さんこそどうしたの? こんな遅い時間に一人だと危ないよ」
「……ちょっと、落ち込んでた」
やっぱりそうなのか。
「……けっこー頑張ったと思うんだよ。朝も早く起きて、毎日練習して……。それでもさらっと落とされちゃった。私、才能ないのかも」
オーディションに落ちた結果からか、宮川さんはネガティヴな思考に陥ってしまったようだ。渇いた笑いをしながら、そんなことをいう姿はあまりにらしくない。
「ごめんね、先生に心配かけちゃって。でも先生が心配する必要はないから。それにちゃんと今から家帰るし。そんじゃ!」
「……待って」
「……先生?」
帰ろうとする宮川さんを、俺は無意識に引き止めていた。
「努力をした宮川さんに次頑張れ、なんて下手な励ましはするつもりはないし、宮川さんの演技を見てない俺が才能あるよ、なんて誤魔化しも言うつもりはない。……でも、見てられないよ。自分を卑下して諦めたふりをしてるのは」
「……!」
「悔しい気持ち、俺に全部吐き出していいから。俺をサンドバックにするつもりで構わないから。それで満足できるかはわからないけど……そうすれば、少し気持ちが晴れるかもしれないよ」
「…………! せ、先生……!」
俺の拙いけど、思いを込めた言葉を聞いて、宮川さんはポロポロと泣き始める。やっぱり辛い気持ちを隠していたんだろう。涙は止まることなく流れていく。
「……私、私……悔しい! もっと……もっと演技が上手くなりたい! もっと、もっと……」
それからベンチに座って思いを吐き出していく宮川さんを、隣に座る俺が話を聞いていく。宮川さんは相当悔しい思いをしてきたようで、たくさんそれを吐き出している。
「……ふう」
それから数分。宮川さんは落ち着くと一呼吸ついてリラックスする。どうやら辛い気持ちはある程度吐き出せたようだ。
「……ありがと、先生。スッキリしたよ」
「如何いたしまして。……あ、ちょっと待っててね」
俺は自販機に向かい、一本水を買う。
「これ、あげるよ。泣いた後だから喉渇いたと思うし」
「……うん、ちょうど欲しかった」
宮川さんは水を受け取ると一気に半分飲み干してしまう。よっぽど喉が渇いていたんだな。
「……先生ってほんといい人だよね」
「そりゃどうも。宮川さんにそういってもらえて嬉しいよ」
「……ねえ、先生。こっち来て」
「? ……!?」
宮川さんが立ち上がり、少し歩いたところに来てと言ったので、俺はそこにいくと……。
「これ、私の気持ち」
それは突然のことだった。宮川さんは俺の体をいきなり抱きしめて、そう言った。あまりに突然のことだったので俺の頭の中が真っ白になってしまい、抵抗が遅れてしまったのだが……。
神様は、時に意地悪なことをする。
「や……泰……さん?」
連絡もなく帰宅が遅い俺を、迎えに来ようとしてくれたのかもしれない。その際に通るこの公園を、偶然このタイミングで通りかかったのかもしれない。
美来が顔面蒼白になってこちらを見ているのを、俺も見てしまった。
「み、美来!」
俺は美来を止めようとしたが……その声が届くことはなく、美来は走り去ってしまう。
「せ、先生の彼女って……」
状況を理解した宮川さんは、美来の姿を見て驚きを隠せないようだった。
「……ご、ごめん宮川さん!」
だけど、今は美来を優先しなくてはとの思いが先行して、俺は言い捨てる形で宮川さんに謝罪をして、すぐに美来を追いかけていった。
だけど結局、途中で追いつくことはなく、アパートを訪ねてもあかりは付いているのにドアをノックしても返事もない。
……どうするべきだったんだ、俺は。
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