ただいま、そしておかえり


 「あーよかった……なんとか終わって」


 無事に合宿免許を終え、帰りのバスに乗ってる俺はそうぼやく。


 「まだ本免の試験があるじゃん。それ受からないと終わらんよ〜」


 なぜか隣の席に座る由佳が悲しい現実を突きつけてくる。そうなんだよなあ……まだ試験があるんだよなあ……今回は一発で受かりたい。


 「それに泰はもう一個しないといけないことがあるからねえ〜楽しみだなあ」


 「……うるせえ」


 由佳が言う俺がもう一個しないといけないこと。それは……美来へ好意を伝えることだ。……彼女を作ることが怖い俺にはきっと、できないだろうけど。


 「ま、告白するしないは泰の勝手だけどさ。あ、そうだ。せっかく免許取るんだしドライブデートでもしたら?」


 「……いや、まだどっか行ける腕前じゃねーし」


 「練習すりゃいいじゃん。田中くんがうざったく親の車自慢してたし、借りちゃえば?」


 「……」


 確かに田中は親が金持ちらしく、車を何台も持っていると由佳始め色んな女子に自慢してたな。……それ、結構いいかも。美来とは美術館に行けなかったし、どっかいいところ見つけて一緒に行くか。


 「あ、今アリだなって思ったでしょ」


 「なんでお前はそんなに俺の心を読むんだ」


 「長年の付き合いがあるから」


 「う」


 「さてと、んじゃ私ここで降りるから。今度会うときは一緒にご飯食べようねー」


 そう言い残して、由佳は先にバスから降りていった。……はあ、これはきっとまた次も会いそうだな。でも今回は会ってよかったかもしれない。気持ちの整理は多少ついた。


 ……後は俺が根本的なところをどうにかしないといけないけど。


 「お、ついた」


 ポケーっと外を眺めていると、あっという間にバスが最寄りの駅についた。俺は荷物を持ってバスから降り、少し体を伸ばして深呼吸をする。


 「よし、帰るか」


 重たい荷物を持って俺はアパートへ帰っていく。なんか、心臓がドキドキするな……久しぶりに美来と会うから緊張してるのか? それとも好意を自覚したからか? ……どちらにせよ、情けねえ。


 「やっとついた」


 そんなこんなでようやく俺はアパートに着いた。……それにしても、帰ってきたって美来に言うべきなのか? ただいまって言った方がいいのか?


 いやでも待ていくらそれなりに親しい仲でも彼氏みたいなことしてキモがられたら……ああ! 


 なんでこんなくだらねえことで悩むんだ俺! 嫌われたくなくないからって考えすぎだろ……。


 「ええい! なるようになれ!」


 勢いに任せて俺は美来の部屋のインターホンを鳴らす。……あれ?


 「い、いないのか?」


 鳴らしても一切物音がしないので、どうやらいないようだ。まあ今夕方だし、もしからしたらスーパーとかに行ってるのかもしれない。仕方ない、後でまた来るか…………。


 「……あ」

 

 神様ってのはつくづく意地悪だと思う。俺が覚悟決めてインターホン鳴らしたってのに、結局廊下で鉢合わせんだからな。


 「………………」


 買い物袋を持った美来は、俺を見ると時が止まったように動きを止めてしまった。え、な、なんか俺まずいことしたか? こう言う時、いつもなら先に気づいた美来が声をかけてくれるのに。


 ……仕方がない。


 「……た、ただいま」


 沈黙を破り、二週間ぶりに帰ってきた俺は、美来にそう言う。多分目を見て言えなかった。……だって好きな人と喋るのって恥ずかしいから。


 「………………おかえりなさい!」


 そして美来は、止まっていた時間が動き出したかのように、天使のような、女神のような可愛らしくて美しい笑顔を見せて、俺を迎えてくれた。


 「……あ、あれ? もしかして美来泣いてる?」


 さらに美来は笑いながら涙を流し始めた。


 「だって……泰さんが予定の日にちに帰ってこなかったから……心配で……」


 「あ」


 そう言えば俺、仮免落ちたから期間が延びたって美来に伝え忘れてた。


 「ご、ごめん! 途中の試験に落ちたから期限が延びちゃただけで……ほんと、心配させて謝っても謝りきれない……」


 「大丈夫ですよ。私こそ過度に心配し過ぎちゃいました。でも正直私、泰さんに会えなくて……寂しかったです」


 「……俺も」


 どうやらお互い寂しかったらしい。……多分、俺の方が寂しかったんだろうけど。


 「あ、そうだ! お土産買ってきたから一緒に食べよう」


 流れを変えるために、俺はカバンからまんじゅうが入った箱を取り出してそう提案する。だ、だってこのままだとお互いしんみりし続けてしまう。せっかくまた会えたんだから、楽しく過ごしたい。


 「美味しそうですね! それじゃあ私、美味しいお茶を持ってきます」


 こうして二週間ぐらい離れていた俺らは、お隣さんとしてまた一緒に過ごす時間を得ることができた。


 ただ、二週間前とは違うこともある。それは俺が好意を自覚したこと。そして後から知ったが、美来も好意を自覚していたこと。


 だからだろう。俺らがこの日からそう遠くない未来に、恋人となることができたのは。


  ――――――――――――


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