第80話 お兄ちゃんは感づいている。



「……とりあえずこれで雪乃さんは疑心暗鬼になっている筈だ……」

 人を誘導する時、嘘は厳禁だ。

 嘘がバレると相手は全く信用しなくなる。

 だから嘘を言ってはいけない。

 ただし表情や仕草で嘘をつくのは問題ない。

 よっぽどの事がない限りバレる事はない。


 中でも涙は強力だ。ここぞの時は泣けばいい。

 泣くのは簡単、呼吸を止めてアクビの時の様に目の奥を動かせばいい。

 

 哀しい事を思い出して泣いたりすると、心が不安定なり判断が鈍るからしない。

 時間はかかるけど、こっちの方が確実だ。

 目薬を使うとかは論外。


「さあ……後はお兄ちゃんだけど……」


 家の前でお兄ちゃん帰って来てるか様子を伺う。

 リビングに明かりが点っているのが見える。


「まあ……帰って来てる……か……」

 やっぱり今、お兄ちゃんに会うのはまずいかも知れない……。

 

 多分お兄ちゃんは私に何かを感じている筈。

 あの喫茶店でお兄ちゃんに声をかけたのは悪手だった。


 「とりあえず暫く距離を取った方が……でも……コネを使うのは嫌だなあ……」

 だが仕方ない、今お兄ちゃんに会うのはどう考えてもまずい……。


 私は父親のコネを使い、スマホでホテルに予約を入れる。


「──ヘタレ兄ちゃんめ……」

 逃げていくゴスロリ女を追いかけようともしないヘタレ。

 でも今考えれば……追いかけさせなければ良かった。

 お兄ちゃんが追わなければ、あの二人は終わったかも知れない。


 少なくともこの数ヶ月で築いた物は崩れ、一から関係を構築しなければならなかったかも。

 タクシーを拾いホテルに向かった。

 わたしは目を瞑り、今までの情報、今までの経験、全てを精査する。


 でも全然情報が足りない……あの二人の情報が足りなすぎる。


「……この数年で、お兄ちゃんがどれだけ成長しているか? なんだけど……」

 多分お兄ちゃんは気付いている。私の関与に……。

 雪乃さんの変化に……。


 真面目な性格のお兄ちゃんは、あのゴスロリ女と正式に付き合う前に、雪乃さんとの関係の決着を付けに行く筈。


 でも雪乃さんはお兄ちゃんの思いに疑問を持っている。

 お兄ちゃんは騙されていると思っている。私がそう思わせた。


 だから簡単にはお兄ちゃんとの縁を、仮の恋人関係を終わらせようとはしないだろう。

 

 とりあえず今は時間が欲しい、あのゴスロリ女と芸能人女、二人の情報が欲しい。

「でも……あの芸能人女……悔しいけど、私より一枚も二枚も上手……」

 ゴスロリ女に直接会って話す事が一番なんだけど……すでにお兄ちゃんからも芸能人女からも手が回っているだろう……。

 メッセージを送るのも危険……逆にこっちの企みがバレる可能性が……。


 うーーん、困った……打つ手が無い。

 

 雪乃さん次第になってきたかも。


 近いうちにお兄ちゃんは雪乃さんの所に行くだろう……それでどう動くか……暫く距離を取って様子を見るしかないかな~~?



◈◈◈



「帰って来ない……逃げたか?」

 家に帰るも妹はいなかった。

 俺はそのままリビングで待っていたが帰る様子はない……。

 夜も遅くなり少し心配になりかけたその時、妹からメッセージが入る。


『暫く研究で帰れなくなりました~~ご心配なく(  ̄ー ̄)ノ』


「……やっぱりあいつ何か裏でやってやがるな」

 昔からあいつは裏で何かをしている……。

 いつも人の為と言ってはいるけど、結局の所、楓は自分の為にしか動かない。

 あいつはいつも先を読みすぎる……未来の事なんて早々わかるわけがない。

 だからいつも足元が疎かになる。

 

 自分が関与し、未来を自分の思う方向に変えようとする。

 でもそれは歪みが生じる結果となる。

 子供の頃ならまだいいが、大人になってそんな歪みを作ると、後々面倒な事になりかねない。

 あいつはそれがわかっていない。


「そろそろ……わからせないと……楓はなんでも出来ると思っている……」

 そろそろ気付かせないと……人は自分の思う様には……変えられないと言う事を……妹に気付かせなければ……。





 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る