第87話 最後の対決

 俺と明日菜で雪乃の家に向かった。

 妹に頼みメッセージで俺が会いたいと言っていると、雪乃に連絡して貰った所、直ぐに家で待っていると返信が来た。

 

 俺たちは結局歌も歌わずに漫画喫茶を後にする。明日菜の歌を聞きたかったけど、今は我慢……。


 そのまま妹は今日子さんと二人で綾波家に、俺と明日菜は雪乃の家に向かう。


 店を出ると猛烈な日差しが照りつける。

 まだまだ夏真っ盛り、半袖のシャツから出ている腕が日に炙られる様にジリジリと焼けていく。


 そんな中、俺と明日菜はなにも言わずにゆっくりと繁華街を並んで歩いていた。

 

 その明日菜からなんとも言えない空気を感じる。

 俺は明日菜に一言謝ろうと声をかけた。


「えっと……ごめん……巻き込んで」

 俺がそう言うと明日菜は俺を見て首を横に振る。


「……ううん、良いの……これでちゃんと日下部君と付き合える……明日から私……日下部君の彼女になれるんだから……」

 日に焼けた様な真っ赤な顔で、俺にそう言う明日菜に俺は直ぐに言い返した。


「……もう彼女だろ?」

 俺はそう言って明日菜の手を握る。


「! ふ、ふへえぇ、うへへへぇ」

 明日菜は真っ赤な顔で俺を見つめまた変な奇声を上げた。

 いつもの格好なら似合う声なんだけど、今日の明日菜はあやぽんなので、なんとも違和感が……。

 一応眼鏡をかけて軽く変装はしているけど、俺にはあやぽんにしか見えない。

 改めて綾波明日菜はあやぽんだと認識させられている。


「それにしても……ラスボスって……どういう意味なんだ?」

 俺はへにゃっとなっている明日菜にそう聞いてみる。


「うへへへぇ……お姉ちゃんは時々へんな事いうからああ、へへへ」

 いや、今のお前の方が絶対変だぞ……。

 でも、とりあえずあの妹を、まるで赤子の手を捻る様に、簡単に攻略した人が言ってるのだから、雪乃が今回の事に、ある程度か関わっている事には違い無いだろう。


 俺はゴクリと唾を飲み、明日菜の手を強く握った。


「う、うへへへへぇぇ」

 また明日菜から奇声が……いや……大丈夫かな? 二人で雪乃にラスボスに対決する事に一抹の不安が過る。

 対決? 対決なのか? 本当に雪乃がラスボスなのか?


 半信半疑のまま俺の家のすぐ側にある、雪乃の家の前に着く……と、俺は雪乃の部屋を見上げた。

 その時待っていたかの様に雪乃の部屋の窓が開く。そして雪乃は窓から顔を出し俺に笑顔で言った。

「あ、涼ちゃん待ってたよ~~今、誰も居ないから入って~~、綾波さんもどうぞ~~」

 にこやかにそう言うと直ぐに顔を引っ込めた。


 俺は一度明日菜を見つめると、明日菜は俺の手を強く握り満面の笑みを浮かべ、こくりと頷いた。


「いくか……」

 なにが待ち受けているのだろうか? 雪乃は本当にラスボスなのだろうか?

 俺は小さい頃、我が家の様に入っていた雪乃の家に、今日は初めて入った時以上に緊張しながら扉を開けた。


 玄関で靴を脱ぎ、そのままいつもの様に階段を上がり、雪乃の部屋の前で一度立ち止まり明日菜と見つめ合う。

 そして、目だけで『いくぞ!』と語ると、お互いに頷いて部屋の中に入った。


「いらっしゃ~~い、ささ座って、コーヒーで良いよね?」

 中に入ると、部屋の真ん中にあるいつもの丸テーブルの前に座り、ポットからコーヒーを入れながら俺達を迎える雪乃……いつもと変わらない笑顔、いつもと変わらない表情。


「あ、うん……」

 なんだ? 何か拍子抜けした。これがラスボス? いや……雪乃は……本当にラスボスなのか? 今日子さんの勘違いじゃないのか?


「涼ちゃんはいつも通りで良いよねえ~~えっと綾波さんはミルクと砂糖はどうする?」


「ふえ! あ、ああ、えっと……砂糖抜きミルクたっぷりでお願いします……」

 人見知りの綾波は、精一杯声を出してそう言った。


「はーーい、ミルクたっぷりと」

 

 そしてまったりと3人でコーヒーを飲み始める……はあ、雪乃の部屋は落ち着くなあ……昔はここでよくこうやってまったりとしていた…………って違う! そうじゃない!

 危なく本題を忘れる所だった。


「……えっと……雪乃……その……話……なんだけど……」


「え? ああうん、そうだね、そうだった」

 雪乃はそう言うと、コーヒーカップをテーブルに置き、真っ直ぐ俺を見つめた。

 やはりいつも雪乃……そしてそんな雪乃を洗脳した妹……俺は再び罪悪感込み上げて来る。


「ごめん!」

 俺は……そう言って深く頭を下げた。そして……今日妹が話した事を、そのまま雪乃に伝える。



「────ふーーーーん……それで?」

 俺が全てを話すと、雪乃は俺に向かってそう言った。


「いや……ふ、ふーーんって……怒らないのか?」


「怒る? 誰に?」


「いや……妹と、そんな事に気付かなかった俺に……」


「あははは、涼ちゃん馬鹿ね、楓ちゃんに私が誘導されてるなんて本当に思ったんだ? いくら涼ちゃんの妹でも、年下で恋愛経験も無い耳年増の言う事を全部鵜呑みにするわけ無いじゃん! あはははは」

 雪乃はお腹を抱えて大笑いしている……。


「いや……でも、雪乃は妹の言う通りに」


「乗って上げてる振りをしてただけだよ~~」


「……は? ふ、振り? な、何で」


「そっちの方が……都合が良いから……かな?」


「都合……」


「涼ちゃんのご両親や、涼ちゃんから見て、妹さんと仲良くしているのは、気に入られるポイントでしょ?」


「気に入られる……ポイント……」

 なんだ? 何を言い出すんだ? 振り? ポイント? 雪乃は一体何を言っているんだ?


「うん! もし将来涼ちゃんと結婚した時、妹さんとご両親に気に入られておくのは決してマイナスじゃないしね~~」


「え?」


「ふえ!」

 ニコニコしながらそう言った雪乃、結婚? は? 


「ん?」


「いや……雪乃……俺と結婚って……」


「? ああ、うーーーーん、もうこうなったら言うしかないか~~楓ちゃん全部言っちゃったんだもんねえ、じゃあ、もう仕方ない」

 そう言った途端にニコニコしていた雪乃の顔が一変した。

 雪乃はまるでゴミでも見る様に俺と明日菜を見る。

 そして言った。


「将来涼ちゃんなら私の結婚相手に相応しいかもって、お父様はテレビに出る程有名な教授、お母様も有名なお医者様だし、家も豪華でさあ、羨ましいってずっと思ってたしねえ~~だから唾つけておけばって、ただねえ……涼ちゃんオタクだし、キモいし、それに私の部屋とかいつもガン見してて、だからなんとかならないかなって、そんな人と恋人ってちょっとねえ、だから楓ちゃんに相談したの~~、あ、勿論そうは言って無いよ? まあ、色々言ってちょっと楓ちゃんを誘導しただけ~~お兄ちゃんをなんとかしてって」


「……誘導……雪乃……お前」


「ああ、でも始めはそんな事思ってなかったんだよ?  涼ちゃん小さい頃は凄かったし天才だったし、だから私も必死に着いていこうって思ったり、生まれつき足の速い涼ちゃんにジャンプなら勝てるって思ったり……でもさあ、あっさり抜いちゃって、しかも涼ちゃん、なんかくだらない本に逃げ込んで、オタクになって、なんかがっかり、これじゃあ私に相応しくないかなあって中学の時に思って距離を置いたんだけど……でも、まあ、改めて距離を置いて他の男子と軽くデートとかしたら、改めて涼ちゃんの良さがわかったっていうか、もう男子ってエッチする事しか考えてないから嫌になったって言うか~~」


「エッチって」

「ふ、ふえええぇぇ」


「あははは、高校生になってそれくらいで、でもほら涼ちゃんとだと家族みたいになってるし、そういう事言って来ないし、なにかと都合いいなあって……だから彼氏の振りをしてもらったって事。

 あ、怒った? でも良いでしょ? 涼ちゃん私の事好きなんだし、色々サービスして上げたし? 自慢の彼女だったでしょ? 振りだけど~~あはははは」

 

 凄惨に笑う雪乃……そうだった……雪乃はこういう奴なんだ。

 究極の外面の良さ、昔から誰に対しても争う事なく、誰に対してもにこやか応対し、そして最終的には全て自分の思う通りに動かす。全て自分の世界に引き込み、自分の住みやすい、過ごし易い環境にしてしまう。


 これが……雪乃の正体……これがラスボス。

 ずっと隠していたであろう雪乃の正体に、俺は今、初めて気が付いてしまった。


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