第9話 栞と本


 俺は安心していた。ホッとしていた。

 綾波があやぽんじゃ無かった事に、心底安心していた。


 でもそれは、綾波があやぽんだったら……イメージが崩れるとか、がっかりするとかでは無い。


 決してそんな事では無い。


 俺は……綾波が気になっているから、もし綾波があやぽんだったら、俺は話しかける事が出来なくなるだろう……。

 そりゃそうだ、隣に本物に天使がいたら、女神様がいたら、俺は神々しくて目も開けられなくなる。


 話しかける何てもっての他だ。


 手の届か無い存在、触れてはいけない存在……それがあやぽんなのだから。


 良かった……本当に良かった……俺はこれで安心して試験を受けられる。


 

 さすがの綾波も試験中に本を読む事はなく、普通に教科書を読んでいた。


 俺も余裕でこの学校に入ったわけでは無い。

 いきなり追試なんて事にならない様、試験に集中した。


 雪乃を追っかける為に入った学校だけど……やはりきちんと進級し、きちんと卒業はしたい。


 とりあえず受験の時よりは手応えを感じつつ初めての試験を終わらせた。


 これで高校初の定期試験が終わった。また通常授業に戻る。またいつもの日常に戻るってそう思っていた。


 しかし、試験が終わると同時に、俺に転機が訪れる……綾波との転機が……。


「あ、あの……こ、これ……ありがと……」

 綾波が試験明けで登校してきた俺に突然そう言ってきた。


「え?」


「あ、あの……ごめん、今頃で……試験で……本持って来なかったから……使ってるのを……み、見せたくて……」

 綾波は俺に視線は合わせないものの、座ったまま、なんとか身体だけは俺の方に向け、下を向きながら本に挟まっている物を見せてきた。


 綾波が見せてきた物は……俺がハンカチと一緒にあげた……栞だった。


 でも俺は栞よりも、綾波が読んでいた本に注目していた。


「筒井……筒井康○読んでるんだ」


「ひ、ひうううう!」

 綾波は引き付けを起こすかの様に本を抱き寄せる。

 でも俺は、本に夢中だった。ずっと謎だった綾波の読んでいる本に……。


「つ、筒井って言ったらやっぱり時をかけるだよねえ、何度もリメイク作品が出てるし、SSの笑うなも面白かったなあ、あ、後、七瀬シリーズなんて傑作だよねえ、SFは今まであんまり読まなかったけど、筒井作品は嵌まったなあ、今で言うラノベだよねえ」


「…………」


「あ、ごめん、ベラベラと」

 ポカンとしている綾波を見て俺は我に返った。


「う、ううん……変って言わないんだ……」


「変? 何で?」


「だって古い作品だし……女の子はあまり読まないし」


「そんな事無いでしょ?」


「──うん……」


「他に何を読んでるの?」


「……お父さんの本なら、なんでも……」


「ああ、それで……か」


「うん……赤川○郎とか、江戸○乱歩とか、星新○とか」


「おお、昔の有名所だ、知ってる知ってる星も乱歩も読んだよ」

 

「ほ! 本当に!」


「うん、ラノベは読み尽くしちゃって、その後アニメに走ったけどあまり馴染めなくて、そんで昔の小説、それもラノベっぽい奴に嵌まったりしたんだ、最近は笹本○一辺りを読んでる」


「笹本?」


「あ、ごめん知らないか、某アニメの原作の人なんだけど、自称最古のラノベ作家って言ってるんだ、面白いよなあ」


「最古……ふふふ」


「! 綾波……わ、笑うんだ……」


「え! あ、違う……」


「いや、ごめん良いんだよ、当たり前だよな」

 そう、人間なんだから笑うのだって、喋るのだって当たり前、綾波だって人間なんだ……決してアニメのキャラなんかじゃないんだ。


「ひ、ひうぅぅ……」

 折角俺を見て楽しそうに話してくれたのに、綾波はまた真っ赤になって下を向き、身体を俺の方から正面に向けてしまう。


「ご、ごめんそう言う意味じゃ……」

 じゃあどういう意味なんだよって、俺は自分で自分に突っ込んだ。


「──あ、あのさ、ここだけの話しなんだけど……俺……ラノベオタクなんだよ……最近は古い本も読むし……だから……また本の話しをしてくれると……その、嬉しい」

 そう……俺はラノベオタクなんだ……家には大量のラノベが、そしてそれを、その事を知ってるのは、雪乃だけだった。


 だから俺はずっと綾波の事が気になっていた。いつも本を読んでいる姿に、その綾波の姿にずっと自分の姿を重ねていた。


 そして何を読んでいるのか知りたかった。話せるかも知れないって、ずっとそう思っていた。

 雪乃以外には隠していた俺の趣味、誰にも言わなかった俺の趣味を俺は綾波に言った。言いたかった。


 そして俺は、勇気を出してさらに綾波に向かって言った。


「また本の話し……したいな……」

 俺は綾波にそう言う。告白するかの様に緊張しながらそう言った。真剣に綾波に向かって……そう

言ってみた。

 ──すると綾波は、暫くじっと下を向いていたが……俺の方を一瞬チラリと見て、また再度下を向き……そして……綾波は──うつ向いたまま、小さく頷いた。

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