第71話 ファンからの目線


 お姉ちゃんは凄いって、いつも思っていた。

 前に聞いた事がある……注目を浴びるのは快感だと。


 私には無理だ……他人から見られるのは怖い、注目なんてされたくもない。


 だから綾になる時は、極力観客の人達を見ない様にしている。


 それでもやはり目が、観客のお客様の目が気になるので、私はさらに度数を落としたコンタクトをはめて舞台に立つ。

 皆からの目線が怖いから……その目に耐えられないから。


 多分日頃かけている眼鏡で舞台に立てば、私は3分と持たずに泣き出してしまうだろう……。


 好奇の目、顔の痣のトラウマ……。



 そして今……私の目の前に……私の唯一の友達がいる。

 お姉ちゃん以外で一番好きな人……。


 夏休みに入ってから、ずっとずっと会いたいって願ってた。


 なのに今……私は彼の顔が、日下部君の顔が見れない……。

 出会った頃の様に、下を向いてしまう。


 怖い……日下部君を見るのが……怖い。


 あんなに優しそうな目だったのに、ううん、今も変わらず優しい目だけど……。

 でも何かが違う、何かが変わった。

 私が綾の代理をしていると言ったから? 綾と、お姉ちゃんと同じ顔だと知ったから?


 かといって、このままで埒が開かない、私はそっと顔を上げ日下部君を見た。


 満面の笑みで私を見ている日下部君……ふええええええ……。


 私はその顔を見て意識が遠のく、涙が出そうになる。

 でも耐えた、ここで泣くわけにはいかない……そうだ、何か言えば、何か喋れば、そうすれば気が紛れるかも知れない。


 私は持ってきた紙袋から本を取り出し紙袋と一緒にテーブルの上に乗せた。


「あ、あああ、あの、あの、前に言っていた本……も、持ってきたの」


「え! 本当に! ありがとう!」

 眩しい位に目を輝かせる日下部君……ああ、駄目……でも……大丈夫……本の事を話せば、きっと大丈夫……。


「……う、ううん、あ、でも日下部君の趣味とは違うのも何冊か持ってきたから、ちょっと読んで気に入ったのだけ持って帰ってくれれば……」

 そう、そして本を読みながらまた、ああでもないこうでもないと、言い合えば……そうすれば……いつもの日下部君に、大好きな日下部君に……戻ってくれる筈。


 でも……私のそんな思いは、そんな願いは、日下部君に一切届かなかった。


「何っ言ってるんだよ? 綾波……が、貸してくれた本ならなんでも面白いよ! 全部読むに決まってる!」

日下部君はキメ顔でそう言うと、私の本を紙袋に全部入れ、大事そうに脇に抱えた。


「あ、うん……」

 それを見て、私は再び下を向く……。


 そして……もう限界だった。


 これ以上……耐えられなかった。


『気をしっかり持つのよ!』


 出かける時にそう言ったお姉ちゃんの顔が浮かんだ。


 ごめんね……お姉ちゃん無理だった……そして……ごめんね……日下部君……。


「ふ、ふ、ふふふ、ふええええええええん」


「え? えええ?」


「うええええええええええん、ご、ごめん、なさ……いいい、うえええええええええん」


「え? ちょ、あ、綾波さま?!」

 ああ、やっぱり言ってた……日下部君は恐らくずっと心の中で私を『様』付けで呼んでいたのだろう。今、私が泣いて、慌てて私の名前を呼び、つい、言ってしまったのだろう……。

 

 やっぱり言ってたのだ。確かに聞いた。私の事を『綾波様』って。


 悲しい……そう、呼ばれる事が……そして怖い……日下部君の目が……。


 日下部君の目は……ファンの目だった。私を、綾を観客席から見つめる好奇の目。

 虐められた時に私を見る皆の目、私の顔の痣を見る好奇の目……。


「うええええええええええん、うええええええええええん」

 ごめんなさい……でも……もう無理……初めて舞台に立った記憶が、子供の頃の記憶が甦る。

 そして……日下部君が……私の大好きな君が……いなくなってしまった悲しみが私を襲う。

 また一人なってしまった……こんな事なら友達なんて作らなければ良かった……日下部君と……友達になんて、ならなければ良かった。


「ふえええええええん、うええええええん」

 涙が止まらない……ごめんなさい……日下部君……でも……でも……悪いのは貴方……私なんかと……友達になった、貴方のせい……。


 やっぱり友達なんていらない……やっぱり好きな人なんていらない……。

 私には本がある……私にはお姉ちゃんがいる……。


 友達なんて……いらない……日下部君なんて…………いらない。


 


【休む休む詐欺(笑)、昨日最高PVだったので寝ないで書きました。でも明日は本当に休むう(´・ω・`)寝みい……】



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