第70話 ルンルン気分


 嬉しい、日下部君に会える事がとにかく嬉しい~~。

 ルンルン気分……って今は言わないよね、またお父さんの本に影響されている。

 今はあげあげ~~とか言うんだっけ? でもそんなのしっくり来ない……私の気分はルンルン! なの!



 私は読書が好き、お父さんの本が私の全てだった。

 子供の頃に虐められ、虐げられた私は……お父さんの本に、本の世界に逃げた。


 本に没頭すれば周りが気にならない。本の中の世界は無限だ、私は本の中では何者でもなく、そして何者にでもなれる。


 私は本さえあれば、本を読んでさえいれば何もいらない。

 でも、お姉ちゃんはそんな私を本の世界から連れだそうとする。

 

 ほっといて欲しいのに、それじゃ駄目だって言う。

 

 でも、日下部君に出会って、お姉ちゃんの言ってる事が少しわかった。


 私は日下部君に会って気付かされた。


 私は……寂しかったんだって……。

 友達が欲しかったんだって。



 今までずっと友達がいなかった……欲しいとも思わなかった。

 お姉ちゃんがいるから平気って、私は一人ぼっちじゃないって思ってた。

 でも、お姉ちゃんはいつか私から離れて行く。

 彼氏が出来て結婚して、私から離れてしまう。


 その時私は一人になってしまう。

 そう考えたら……少し寂しくなってしまう。


 でも、今は日下部君がいる。私には友達がいる。


 日下部君と本の話をするのは凄く楽しい……時々私の紹介する本の悪口を言ったり、お気に入りのラノベを押し付けてきたりもするけど、でも、それが逆に友達だって実感できる。それも含めて全てが楽しい。


 この間、あまり喋られなかったから、本の事を話せなかったから、今日はゆっくり日下部君と本の話をしよう! またたっぷりと私のお父さんの本を日下部君に押し付けよう、あははは。


 私はお気に入りの本を何冊か紙袋入れる。

「ふふふ、何冊読んでくれるかなあ? 日下部君もラノベ持って来るかなあ?」

 私は、いつもの眼鏡をかけ、いつもの髪型にし、そして今日は学校の制服を着る。

 

 いつもの私になる。


 今日は綾で行く必要は無い、いつもの私として日下部君に会って欲しいから……。


 今日は学校での私になる、本来の私……お姉ちゃんがなんか変な事を言ったから……。


 そして日下部君にいつもの私を知って貰う。もっともっと知って貰う……。


 完璧いつもの私として身支度を整え、私は部屋を出て階段を降りる。


「あ、お姉ちゃん?」

 階段を降りるとそこには、お姉ちゃんが立っていた。


「──明日菜……その格好で行くの?」


「うん!」

 

「そか、まあ、それが……良いかも……」

 そう言うとお姉ちゃんは突然私の肩を掴んで、顔を近付け真剣な顔で言った。


「いい! 明日菜! しっかりね、気をしっかり持ってね!」


「ええ? あ、うん?」

 

「何があってもしっかり持つのよ!」


「え? うん……何かあるの?」


「……とにかく……しっかりね!」


「……うん、じゃあ……行ってきます」


「行ってらっしゃい!」

 なんだかわからないがとにかく高いテンションのお姉ちゃんは、終始真剣な表情で私を見送る。

 一体何を言ってるんだろう? 何があるって言うの?

 ただ日下部君に会うだけなのに……。


 家を出た私は、お姉ちゃんの、気をしっかりの意味を考えながら歩く。

 

「…………そう言えば……」

 お姉ちゃんのその言葉、『気をしっかり持て』、その言葉……前に言われた事がある。


 そう……初めて人前、舞台に上がった時だ。

『ごめんね明日菜ごめんね、とにかく気をしっかり持って!』

 確か……お姉ちゃんにそう言われた。


 舞台に立った私は、観客の人達に、ファンの人達に、その目に圧倒され……気を失う寸前だった。

 クラクラと目眩がした。その時お姉ちゃんの『気をしっかり持て!』 と言う言葉が頭に浮かんだ。


 私はなんとか踏ん張った……倒れない様に舞台の上で頑張った。


 懐かしい……でも……何で今そんな事を言う? 別に仕事に行くわけでも無いのに?


 私は不思議に思いながらも早足で歩く、日下部君との待ち合わせ場所に向かって……。


 そして、いつもの喫茶店に到着する……と……日下部君は喫茶店の前に立っていた。


「あれ? 席で待っててくれて良かったのに?」


「あ、うん、綾波……が見え……たから」


「え? あ、そうなんだ」

 なんか……日下部君の様子が変だ。綾波……何って言おうとしたんだ? 様? 

 そしてわざわざ席を立って私を迎えに来た? 

 笑顔で扉を開けてくれる日下部君……なんだろう凄く優しいんだけど……いつも優しいけど……でも何か違う、何かいつもと違う。 そんな日下部を見て私の頭に不安が過る。

 

『気をしっかり持って』

 お姉ちゃんの言葉が再び頭に浮かぶ。これは一体なんだろうか……日下部君は一体……どうしたのだろうか?。




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