第3話 不気味な笑い声


 雪乃を見返す、事を忘れたわけではない……勿論彼女は欲しい。

 あやぽん一筋とは言え、彼女と付き合えるわけではない。

 でも、現実問題彼女を作るなんて事俺には早々出来ないわけで……。

 

 実際問題、そんな勇気も器量も気力も無い。

 そんな物があったなら、俺はとっくに雪乃と付き合っている。


 雪乃一筋だったから、ずっと雪乃だけだったから……。


 幼馴染みってのはある意味楽なのだ。

 好感度を一から上げていく過程は必要無いのだから。


 大きくなって、そいつが自分の好みなのか? 付き合えるのか?

 それだけの事なのだ。


 ずっと友達として遊んでいたのだから、ある程度の好感度は獲得している。

 後は女として見れるか? 男として見て貰えるか? だけなのだ。


 そして俺は見て貰えなかった、所か好感度を下げまくっていただけだった。


 近くにいるせいで、良いところよりも悪い所が目立ってしまう。

 兄弟や姉妹の仲が悪い、なんてのに似ている。


 そう……俺は今まで幼馴染みと言う事に胡座かいていた。俺はずっと雪乃の好感度を下げまくっていた。


 まあ、考えてみれば当たり前だ。

 

 彼女はずっと努力していた、そして俺は何もしてこなかった。

 なので今考えれば、雪乃が隠していた俺への不快感は当たり前の事なのだろう……。


 だから今はもう憎んではいない。雪乃とはただの幼馴染みと割りきっている。

 見返したいという気持ちは、まだあるけれど……。



「席替えしまーーす」


 ホームルームで突然担任の女教師がそんな事を言い出した。


「今頃?」


「ごめんなさい、目が悪い人から見えないって言われて、そういえば出席順から変えてなかったなって、てへ」


「てへ……じゃねえよ、先生いくつだよ!」


「はい、今いくつって言った中嶋君、君は一番前ね」


「えええええ!」

 等とやり取りがあった後、目が悪い人はまず前方に移動、それ以外の者は先生の作ったくじを引く事になった。


 そして……俺は、前から2番目窓側と言うなんとも微妙な位置になる……そしてもっと微妙なのは隣の席の女子だった。


 まあ、さっきの中嶋の様なうるさい男子よりばマシなのかも知れないが……俺の隣は艶やかな黒髪なれどとかして無いのか? 乾かさないで寝たからなのか? ボサボサ髪に赤いフレームでかなりの度数なのであろう分厚いレンズの

メガネ、どこからどう見ても見事なくらい陰キャな女子。


「──えっと……宜しく……」

 俺がその女子にそう挨拶をすると、彼女はうつ向きながら、黙ったまま小さく会釈した。


 えっと……所でこいつ誰だっけ……?確か……。俺は記憶を頼りに出席番号順で呼ばれていた名前を思い出す。


「会田、青木、赤沢、綾波……そうだ綾波だ」

 確か自己紹介の時、軽く笑いが起きてたっけ?

 俺はその時あやぽんの事を考えていてあまりちゃんと聞いていなかったけど……。


 綾波明日菜あやなみ あすなどこかのアニメキャラ二人を合わせた様な名前に、クスクスと笑いが起こっていた気がした。


 その陰キャな女子が俺の隣になった……。


「──こいつじゃ、なあ……」

 なんて失礼な事が頭に浮かぶ。

 駄目だ駄目だ、そんな事言ってたらと俺は頭を振った。


 運が良いのか悪いのか、俺は雪乃と同じクラスにはならなかった。

 小学生の頃から一度も同じクラスになった事は無い。


 まあ、休み時間にしょっちゅう俺に会いに来てたのだから、あまりそんな気はしてなかったが……まあ、それも彼氏の代わりをやらされてただけなんだけど。


 俺の野望、雪乃に雪乃よりも綺麗な俺の彼女を見せつけイチャイチャすると言う高尚な野望を実現するには、このクラスだと赤沢安比奈と倉田加穂留の二人と付き合うしか無い。

 雪乃よりも美人かと言うと、微妙なんだけど、その二人のどちらかえれば、ある程度俺の野望は叶ったと言える。

 それが出来れば雪乃を見返せるんだけど……。


 今、俺は……とにかく美女が怖い、いや、それどころか、女子と話すのが怖い。

 雪乃のトラウマなんだろう、あの俺の前で屈託なく笑っていた裏ではこいつキモいなんて思ってたと言う事実に、俺は美人の笑顔には裏があるって思ってしまっていた。


 でも……だからこそ、俺はあやぽんに嵌まった、だからこそ俺はあやぽんが好きなのかも知れない。

 

 あやぽんのあの笑顔、あの恥ずかしそうな、照れくさそうな、裏の無い笑顔が好きなんだ。

 

 だから俺は……やはりあやぽん一筋で生きて……。


「ぷ……くくっ、ふふっ、ひひっ」

 

「……は?」

 そんな事を考えていると、隣からなにやら気持ちの悪い笑い声が聞こえてくる。俺は声の方を向くと……綾波がうつ向きながら密かに笑っていた。

 

 うつ向いているので、表情はわからない、いや、垂れ下がる髪の毛と眼鏡のせいで、うつ向いていなくてもわからないだろうが、とにかく笑い声がする。

 良く見ると、教科書に隠して本を読んでいる? 漫画? ラノベ? 俺からは見えない、いや、誰からも見えない様に隠して読んでいるので、綾波が何を読んでいるのかわからない……が……。


「マジか……キモ……」

 俺は聞こえない様にそう呟く……。

 最悪だ……こいつが隣なんて……。

 俺の神であるあやぽんの綾の文字が入っているのに、この違いたるや……。

 

 同じ綾でも、天使と悪魔くらい差があるよ……。

 

 まずい……中学と違ってそうそう頻繁に席替えなんてしない。

 

 つまりこれから1年弱こいつが隣って事だ……俺はこれから毎日あの薄気味悪い笑い声を聞かされると言う事に……最悪だ。


 俺は綾波の笑いを無視して、隠し持っていたあやぽんの雑誌の切り抜きをそっと眺めた。

 ああ、癒される……今感じた不快感が一瞬で消え失せる。


「──ああ……あやぽん……あやぽん、俺のあやぽん……」

 ──まあ……俺も大概キモいな……。


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