第27話 なんてね

「甘いいいい美味しいい」

 30分程待つと分厚いパンケーキが運ばれてくる。

 それを満面の笑みで頬張る雪乃……その姿に俺はびっくりしていた。

 どちらかと言うと、雪乃はあまり感情を表に出さない。

 それが処世術なのか? いつもニコニコはしているが、こうやって自分の感情をさらけ出す事は、今までは……少なくとも中学の頃からは殆んど無かった。


 そして雪乃の競技の性質上、こういった食事は一切制限していた筈。

 気晴らしなんて今まで言った事も無い……。

 ひょっとしたら、部活で、陸上部で何かあったのかも? と、俺はそれとなく聞いてみた。


「それで……どうなの?」


「むう? なにふぁ?」

 口の周りにクリームを付けた雪乃は、パンケーキを頬張りながらそう言う。


「いや、陸上は、どうなんだって」


「どうって……まあ……そこそこ……?」


「うちの学校って陸上はかなりの強豪だよな、ハイジャンも強い先輩とか居るって言うし、1年だとやっぱり全中3位でも厳しいのか?」

 雪乃はハイジャン、ハイジャンプ、走り高跳びで中学全国3位の実力の持ち主だった。


「あーー…………私ね……ロンジャンに転向したの……」


「…………は? ロンジャンって……走り幅跳びだよね? 何で雪乃が?」


「いやあ、先輩がお前の身長だと高校では通用しないから、ロンジャンやれって……言われちゃって、あははは」


「はあ!? え? な、なに言ってんだよ? ハイジャンでインハイ行くのが雪乃の夢だったんじゃないのか? その為にずっと……」


「ああ、まあ、ほら、うちの学校ハイジャンの選手多いしねえ~~」

 フォークを指揮棒の様に振りながら、笑顔でそう言う雪乃……。


「雪乃……お前まさか……先輩に気を使ってそんな事言ってるのか?」


「え? うん、まあほら、揉め事はさあ……ね」

 これだ……雪乃の悪い癖だ。外面ばかり気にして……いつも周りばかり気にして……自分は一歩引いてしまう。


「…………それで、走り幅跳びだったら行けるのか?」


「……うーーん、まあ……今の所は全然かなあ……」


「だよな……」


「あ、でもコーチに4パーはどうかって」


「4パーって400Mハードルだろ! 全然競技の性質が違うじゃないか?」

 俺はずっと雪乃を見てきた……だから知っている……雪乃は瞬発力、バネの競技の選手だ。スピードはあっても持久力は全く無い、400m、ましてやハードルなんかで、通用する筈がない。


「さすがは涼ちゃん、よくわかってらっしゃる」

 ニハハと苦笑いしながらアイスティーを口にする雪乃……俺はこんな雪乃を見るのは、こんな笑い方をする雪乃を見るのは初めてだった。


「良いのか? そんなんで……本当に……良いのか?」


「……そ、それよりさ、フェス良いなあ、一人で行くの?」


「え? ああ、うん」

 なにか言いにくい事があると、突然話を逸らす。これも雪乃の処世術……俺は雪乃の事を知り尽くしている。そしてこれには乗らないといけない事も……知っていた。


「良いなあ……私も……行きたいなあ……」


「いや、でも合宿だろ?」


「どうにかチケット手に入れて……一緒に行っちゃう?」


「は? いや、え?」


「……もう……さ、陸上なんて辞めて……高校生らしい事、したいかなぁって……フェスに彼氏と行ったりとか……」

 雪乃のは真顔で俺を見つめてそう言った。

 うるうるとした瞳で、俺を見つめて……そう言った。

 え? これって……。


 雪乃と付き合う……振りではなく正式に……。

 中学の時からの、いや子供の頃からの、出会った頃からの……俺の夢……それが今現実に……。

 俺が今、雪乃の手を握り「付き合ってくれ」と言えば……雪乃が、俺の夢が手に入る。


 俺はゆっくり手を伸ばす……テーブルの上に置かれている雪乃の手に……。


 その時俺の脳裏に……一人の女の子の顔が浮かんだ……いや、正確には二人だ。

 俺の脳裏にあやぽんと……綾波の顔が浮かんだ。 そして何故か……二人が重なる。そして一人になっていた。


「お、俺は……」


「……なーーんてね、嘘、嘘だよ~~ん」


「え? は? な、何が?」


「あはははは、全部嘘だよーーん」


「えええ?」


「岩原はハイジャンチームの合宿だしねえ、私が陸上辞めるわけ無いでしょ? あはははは」


「雪乃、お前……全く」


「涼ちゃんは相変わらず騙されやすいなあ、変な女に騙されないかちょっと心配、それとも私の演技力凄いのかなぁ? インハイで優勝、国体、オリンピック、そしてその後、女優に転身とかどうかな?」


「……知らねえよ」


「えーーーー」


「いいから、ほら、早く食え、美味しくなくなるぞ?」


「おっといけない、頂きまーーす」

 再びパクパクとパンケーキを頬張る雪乃……そこに居るのは……俺の目の前に居るのはいつもの雪乃その者だった。


 でも……さっきの雪乃は一体……あれは本当に演技だったのか?


 それとも……。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る