第26話 カップル半額……ただし女性のみ
「涼ちゃんデートしよう!」
「…………は?」
8月に入り夏休み真っ盛りの朝、雪乃が突然俺の家にやって来た。
ストライプのワンピーに可愛らしいリボンの付いた麦わら帽子、真っ黒と迄はいかないが、焼けた顔、手足も結構日焼けしていて、いつもの夏仕様の肌になっていた雪乃が、にこやかに俺の前に立っている。
「ほらほら出かける用意して~~」
「いや、そんな突然」
「良いから、涼ちゃん一応私の彼氏でしょ?」
「……だからそれは……ああ、もうわかったよちょっと待ってて」
「急いでねえ~~」
表情は変えずヒラヒラと手を振る雪乃……いつもこうだ、突然にやって来ては強引に俺を誘う。
「はいはい」
とりあえず美女と歩くのだから、それなりの格好をと、とは言え、オタクの俺が服に気を使う筈もなく無難なシャツを来て出かけた。
「どこ行くんだ?」
「え? 気晴らし?」
「……おい」
今、さっきデートだって言ったろ? まあそんなわけ無いとは思ってたけど。
「まあまあ、明後日から合宿なのよ、まあ、ちょっと付き合ってよ」
陸上部のせいなのか? 雪乃は歩くスピードが早い、いつもの様に俺に合わせる事なくスタスタと先を歩く
「……流されてるなあ……俺」
久しぶりに雪乃と出かける。何年振りだろうか? 俺は先を歩く雪乃を見つめため息を一つついた……。
でも、まあ……空から注ぐ日の光に照らされ、日焼けした肌に汗が浮かびキラキラと光る雪乃を久々に見れ少し気分が良い。家で本ばかり読んでいる俺にとっても気晴らしになっている様な気がした。
「ほら! モタモタしない、行くよ~~」
「へいへい」
ずっとこうやって雪乃に振り回されていた。でもそれがずっと心地よかった。
そしてそれは、今でも続いている。俺は今でも心地よいって思ってしまう。
ただ……それは恋愛感情ではない……そして雪乃もそう思っている……筈。
勿論形だけの恋人関係、俺と雪乃はただの幼なじみ、手も繋がずに、歩いていると、突然雪乃は俺の顔をじっと見つめて言った。
「涼ちゃん夏休みどこも行かないの?」
「え? ああ、うん……あ、でも週明け……5日後にフェスに行くよ?」
「フェス!! 涼ちゃんが!? あはははは、似合わない」
「うるせえ、良いだろ?」
フェスって言ったって、見に行くのはあやぽんなんだけど。
「どこへ行くの?」
「えっと……苗場? だっけかな?」
「へーーうちの合宿先に近いね、会えたりして」
「え? どこ?」
「いわっぱら」
「いわっぱら?」
「岩山の岩に原野の原で
そう言われ俺はスマホで確認する。
確かに同じ新潟県湯沢町だけど、山の上と麓で、地図上では近い感じはしない。
「近いって程は近くないじゃん」
「車なら直ぐだよ? 最寄り駅も一緒じゃない?」
「車なんてないし、行く日も帰る日も違うでしょ?」
「あははは、まあそうだよねえ、じゃあ会えないか」
「……会うったって、合宿だろ? 自由時間とかあるの?」
「勿論無いよ、でも涼ちゃんが見に来ればいいじゃん」
「……見に来いってか……相変わらず……いや、何でもない、まあ気が向いたら……ね」
「お! 期待しないで待っとるよ、ああ、ここだ着いた着いた」
そう言って雪乃はコジャレた喫茶店を指差した。
古民家風のカフェ、表には分厚いパンケーキの写真……。
「……パンケーキ?」
「そうなのおお、カップルだと女性半額イベントやってるのおお! しかもフルーツ盛り盛り、生クリーム増量!」
「……女性のみ……俺は?」
「知ってるよ~~甘い物苦手だよねえ、ああ、コーヒーは奢るからね」
「……そうですか……これが気晴らしですか、そうですか……」
「うん……高校はやっぱり中学の時と違って……厳しいよねえ……気晴らしくらいしないと……やってられないよ……」
そう言って雪乃は一瞬寂しそうな顔をした。そして俺を見る事なく、俺に構う事なく、ずかずかと店に入って行く。
相変わらず自分勝手、そして相変わらず俺を利用している。
でも……あの雪乃が弱気の発言をした事に俺は驚いた……あの気の強い雪乃が……。
何かあったのか? 俺はそれが凄く……気になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます