第37話 健気に見守る俺様

 

 スキー場の中腹、シーズンなら多くの人がシュプールを描いているであろう場所に10人程の女子が掛け声を上げながら妙な走り方をしていた。


 俺はあまり目立たない様に駐車場の陰から雪乃達を見る。

 女子の跳躍チームと思われる集団は、小さなパイロンを置いてそこを2人組で競争する様に色々な走り方で往復している。


「──走基か……」

 基礎練習、走る基本、走基。

 小さなパイロンや小さなハードルを使い、跨いだり跳んだり足をこ走り方の基礎練習。

 中学の時から雪乃をずっと見ていた俺は、陸上の事が詳しくなっていた。いわゆる、門前の小僧習わぬ経を読むっていう状態だ。


 だからそこにいる選手が、ハイジャンプ、跳躍チームだという事がなんとなくわかってしまう。

 特にハイジャンプの選手は分かりやすい。

 身長が高く身体が細い、ボルゾイと言う犬を彷彿とさせるモデル体型の人が多い。足が長いと腰の位地が高くなる、背面飛びでバーを越える時、腰がバーを越えて最後に足を抜く様な体勢になる。

 例えば1mの同じジャンプ力の選手が居たとして、身長が同じでも足が5cm長い、つまり腰の位地が5cm高いとその選手はその分だけ有利になると言うことだ。

 勿論飛ぶ技術、助走スピード、踏み切り、全てが揃っての競技なので一概に身長だけとは言えないのだけど、体格が諸に影響してしまう競技の一つと言える。


 雪乃に身長ははっきりとは聞いていないが、160cm以上ある。でも170cm以上の選手がゴロゴロといる中では頭一つ低いというイメージだった。


「やっぱり……雪乃は不利だよなあ」


「……そうね」


「! うひょう、おおお!」

 後ろから突然声をかけられ俺は奇声を発してしまう。


「──浮気の次は覗き?」


「あ、あんたは!」


「だから先輩に対してあんたは無いでしょ?!」


「いや、ああ、まあ……すみません……て言うか名前知らないし」

 俺の後ろから声をかけて来たのは、この、間綾波と買い物に行った時に会った雪乃と一緒にいた陸上部集団のリーダー格の女子だった。


「赤羽橋よ、赤羽橋 縁あかばねばし ゆかり


「あ、赤羽橋って……」


「──知ってるの?」


「ええ、確か……大江戸線の駅で東京タワーの近く……」


「…………」


「……っていうのは冗談で……雪乃が中1の時全中で優勝したハイジャンの選手……」


「知ってて、そう言う冗談を……私がそうよ」


「そうですか……見てましたよ、すげえ小さい選手が凄く美しい飛び方で飛んでいる姿を……雪乃の憧れの選手だって……」

 中1の時、スタンドからその姿を、目の前にいる彼女の姿を俺は見ている。遠くにいたので顔迄はわからなかったけど、中学の時雪乃が俺の教室に来ては凄い凄いと騒いでいた。


 赤羽橋先輩は、真っ黒に日焼けした顔、目が大きく少しきつめだが全体的に端正な顔立ち。身長は雪乃よりも低いが、細く長い手足、いかにもハイジャンプの選手と思わせる体型だ。


「もっと近くで見てもいいわよ?」

 遠くから見ている俺にニヤリと笑ってそう言う……。


「いえ、ここで……雪乃の邪魔したくないんで……」


「……そ……草刈の様子を陰で彼氏面して健気に見守る俺様ってわけね、うける」

 小馬鹿にするようにクスクスと笑いながらそう言う赤羽橋先輩……その言い方に俺はムッとした。


「……怒った? でも私……知ってるからさあ~~」


「……何をです?」


「──あんた……草刈の……雪乃の彼氏じゃ無いでしょ?」


「──え?」

 俺は雪乃達に背を向けて、赤羽橋先輩を見ている。俺の後ろから掛け声が聞こえてくる……楽しそうな雪乃の声が……聞こえていた。


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