第63話 黒○の水着


「あ、あうあうあ」

 俺の目の前に……雪乃が……しかも水着姿の……。


「に、似合う……かな?」

 日焼けで赤いのか? まさか……俺に見られて照れているのか? 雪乃の顔はほんのりと赤く染まっていた。


「あ、うん……」


「ほんと?」

 俯きながらも俺を慎重に見上げる雪乃、黄緑色に白の水玉模様の入ったセパレートの水着を着た雪乃が……。

「あ、ああ」


「日焼け跡が恥ずかしいんだよね……こういう水着は……」


「似合ってるよ……陸上のユニフォーム以上かも……」


「バカ……」

 

「おやおやお二人さん良い雰囲気でげすなあ」


「か、楓! お前雪乃が来るなら来るって言えよ!」


「あれ~~言ってなかったっけ?」


「言ってねえよ」

 都内某高級ホテルのプールなので、真夏でも空いている。

 セレブ御用達のプールだけど、それは夜の話、今の時間帯は比較的家族連れが多かった。

 きゃっきゃと、それでもどことなく上品そうに騒ぐお子様達を横目にプールサイドに佇む場違いな3人……。


「本当は夜にしたかったんだけど、夜は18禁なんだよねえここ」


「いやらしい言い方すんな」

 妹がプールで泳ぎたいから付き添えと言ってきたので、来てみれば、何故か雪乃がそこにいた。

 セパレートの水着にパレオを巻いた雪乃、相変わらず細くて、そして綺麗なその姿に、俺は思わずドキッとしてしまった。


 セパレートの水着と言っても、生地の幅はそれなりに大きく、雪乃のハイジャンの時のユニフォームとあまり変わりない。 それよりも……。


「しかし……お前はなんちゅう恰好で……」


「どう? お兄ちゃん、セクシーでしょ?」


「いや、ガリガリ過ぎて、見てられない……」

 まるで、某ラノベに出てくる某テレポーテーションしてしまうキャラの様に、小さな黒のビキニを着た妹……胸は全く無く、あばら骨が浮いて見えなんか痛々しい……。


「あっちじゃこういうのが普通なの!」


「そうなのか?」

 向こうじゃむしろ駄目なんじゃないのか? 日本でもロり規制に引っかかりそうな……格好……。


「ねえねえ、涼ちゃん折角だから泳ごう、久しぶりに競争しよ」


「……泳いでいる奴いねえけど……」

 泳いでいるというか、数人は浸かっている状態。

 何人かの子供がプールの中ではしゃいでいる。その周りにはプールサイドチェアに横たわり優雅にカクテル等を飲んでいる人達。

 スポーツジム併用のプールとは違い、ここは昼は家族が、そして夜はカップル等が社交場的な要素で使われている……らしい。

 

「……まあ、いいけど」

 俺がそう言うと雪乃はパレオを外した。

 細く長い綺麗な太ももが露になる。

 日に焼けた太ももの付け根の辺りは白く、その肌の黒と白の境が眩しく光る。


「涼ちゃんそんなに見たら……ちょっと恥ずかしい」


「ご、ごめん」

 雪乃はパレオをビーチサイドに置くと、俺と一緒にゆっくりとプールに入る。

 妹はプールに入らずベンチに腰掛けニコニコしながら俺達を見ている。


「ふふ、向こう側まででいい?」


「……泳げるかなあ」


「良く言う、万能な癖に……じゃあコース無いし、向こうまでに私を捕まえたら涼ちゃんの勝ちね、スタート!」


「あ、ずりいい」

 バシャバシャと音を立て雪乃が泳ぎ出す。

 俺も負けじと雪乃を追いかける。


 ずっとこうやって追いかけていた。

 子供の頃からずっと……。

 雪乃はいつも俺の前を行く……俺が追い付いてもまた前に……。


 何度も諦めようと思った。雪乃の事を……でも俺は諦め切れなかった。

 雪乃を追いかけながら俺はそう思い返していた。


 そしてついこの間俺はようやく……雪乃を諦めた筈だって……でもまだ心のどこかで諦めきれない部分がある様な……そんな気がしている。


「──追い付いてやる……」

 俺は力任せに泳ぐ雪乃を目掛け、何かの本で読んだ知識を動員させ、頭の中にあるその情報、理想のフォームで雪乃目掛けて泳いで行く。


「もう少し、もう少しだ……」

 最後は息継ぎ無しでラストスパート、そして俺は雪乃の肩を触ろうとしたその時……。

「やったあゴール!」

 雪乃がプールの縁を掴んで顔を上げると、そのまま片腕を天に向け突き上げた。


「はあ、はあ……くっそ……後少しだったのに」


「残念でした~~べーーーーだ」

 そう言って笑顔でピンク色の舌を出す雪乃、その笑顔にその舌に、そしてその水着姿に……俺はドキドキしてしまう。


 え? なんだこの感覚……。

 雪乃を見てこんな感覚になったのって……初めてだった。


 今まで雪乃を思っていた気持ち、ずっと思い続けて来た気持ちと違う何かが、俺の中に芽生える。

 一体なんなんだ? この気持ちは?

 俺は考えた。そして最近これと同じ……こんな気持ちになった事を思い出す。


 そう……あやぽんの歌を聞いた時に俺はこの気持ちになった。

 いや、これよりも大きな気持ちに襲われた。


 確か……綾波に会いたいって……その時俺はそう思った。

 まあ、実際は目の前にいたんだけど……。


「まだまだ涼ちゃんには負けられないね」

 負けず嫌いの雪乃が俺を見て笑顔でそう言った。

 いつも通りの雪乃、子供の頃から見ている雪乃……でも何かが違う、何かわからないけど、何かが変わった。

 これは雪乃が変わったのか? それとも……俺が変わったのか?

 それとも……。


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