第64話 絶対に約束だよ!


「お兄ちゃん! ごめん私ちょっと急用が入ったの!」

 妹はバックからスマホ取り出し画面を見るなりそう言って勢い良く席を立つ。


「は? もう後デザートだけだろ?」


「ごめん、ごめん、向こうの大学から連絡があってね、じゃあ雪乃さんを宜しくね」


「大学って、お前中学生だろ? っていや、ちょっと……」



 プールから上がると、そのままホテルの最上階のレストランで食事をする事に。

 水着から一転、雪乃はブルーが映える綺麗なワンピース姿……妹は黒のイブニングドレス姿……で俺の前に座っている。

 すっかり女らしくなった雪乃……恥じらう姿に俺はまたドキドキしてしまう。


 俺も妹も親からこういった所でのマナーは教育されている。

 雪乃は恐らく初めてなのだろう、妹を見ながらぎこちなく食事をしていた。


 メイン料理を食べ終え後はデザートを残すばかりのタイミングで、突然妹が帰ってしまう。


「えっと……ごめんな、なんか振り回して」


「え! う、ううん、こっちこそ……ごめん……」


「ん? なぜ雪乃が謝る?」


「う、ううん、何でも……」

 奥歯に何か詰まった様な、そんな言い方の雪乃……妹と雪乃の間に何かあるのかな? とそんな思いが頭を過る。

 思えば、妹は時々雪乃の部屋に泊まる事があった。

 留学から帰って来た時にも度々雪乃の家に泊まる事が……その度に羨ましいと妬んでいた事を思い出す。

 

「あ、そう言えば……ごめん、この間知った……予選落ちの事」


「あ、うん……私も言わなかったから……涼ちゃん合宿見に来てくれてたんだね」


「あ、ああ、うん」


「会ってくれたら嬉しかったのに……」

 やっぱり今日の雪乃はどこかおかしい、こんな殊勝な言葉を言う様な人じゃない。

 でも……それだけショックだったのだろうか? 多分ショックだったのだろう……俺はそう思って話を続けた。


「いや、なんか邪魔しちゃ悪い雰囲気だったから……」


「そんな事……無いのに……」


「……調子悪いの?」


「え?」


「記録無しなんて……今までなかっただろ?」


「あ、うん……そうね……」


「どうしたんだ? 怪我とかじゃないよね」

 俺がそう聞くと雪乃はうるうるとした瞳で俺を見つめる。

 

「…………涼ちゃんが…………涼ちゃんが……居なかった……から……かもね」

 少し笑いながら冗談めかした言い方だった。でも……雪乃の目は笑っていなかった。だから俺は思わず聞き返してしまう。


「え?」


「……いつも見てくれてたのに……居なかったから」


「そ、そうだっけ?」


「大きな大会は必ず来てくれてた……よ……」


「で、でも初日行けない時とかもあったし……」


「でも……必ず決勝には行くからって…………」


「……ご、ごめん……」


「ううん、悪いのは私だから……」

 雪乃はそう言ってまるで頭を下げる様に顔を伏せた。

 ……な、なんだ? いつもとは全く違うこの雪乃は、まるで別人の様な……。


「そんな……事ないよ」


「ううん、私……ずっと甘えてたの……涼ちゃんにずっと……あははは、でも、なんか涼ちゃんが私から距離を置くようになって、わかったの……私……涼ちゃんがいないと……駄目だなって……」


「──雪乃?」

 一体どうしたと言うんだ? これが雪乃? まるで別人の様な…………いや、違う……本来雪乃って……こういう奴だったんだ。

 初めて会った公園で、一人寂しそうに、何か道に迷った子供の様に浮かない顔で遊んでいた……あれが本来の雪乃……本当の姿……。


「……今度は行くよ」


「本当に!」

 雪乃の顔がパッと明るくなった。

 初めて会った時の様に、俺が寂しそうに遊ぶ雪乃を見て、同じ転校生だねって言った時の様に、一緒に遊ぼうって言った時の様に……。


 あの時の雪乃の表情が今の雪乃と重なる。


「う、うん」


「……約束ね……絶対に約束だよ!」

 雪乃はそう言って運ばれて来たケーキを一口食べる。

 雪乃の顔が幸せそうな顔に変わった。

 その顔、その本当に嬉しそうな表情は、ケーキのせいなのか、それとも……俺との約束のせいなのだろうか……。

 


 

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