第17話 綾波と雪乃とあやぽん


 俺は家に帰ると机に向かい頭を抱えた。

 勘違い? 本当に?

 それが本当だとしたら、俺のこの数ヶ月は一体なんだったんだ?

 

「うせやろ……」

 あれだけ悩み、あれだけ苦しみ、あれだけ泣いた。

 それが……勘違い?

 

 いや……でも……俺が雪乃に疑惑を持ったのはそれだけじゃないんだ。

 子供の頃からずっと一緒だったんだ。あいつの事はよく知っている。


 さっきだって別れ際に雪乃はこう言ったんだ。


 ◈◈◈


「わかってくれた?」

 家の前で立ち止まり雪乃は笑顔でそう言った。


「あ、うん……」

 

「それでさ、涼ちゃんがまだ付き合う様な人がいないなら、彼氏の振りはしてて欲しいんだけど」


「え?」


「ほら、さっき一緒に居た人は趣味の友達なんでしょ?」


「……うん」


「じゃあ問題無いよね、ほら、さっき先輩に言われたでしょ? 彼氏の教育を……とかって」


「教育って……」


「あ! ううん、別に涼ちゃんを教育するって事じゃなくて、ほらそれで直ぐに別れたら色々と角が立つでしょ?」


「……まあ」

 角が立つ……か……。

 まただ、またそれだ……さっきもそうだ……いくら先輩だからって先に言ってきたのは向こうだ。なのに雪乃は……俺に何も言わせなかった。


「だから……ね? お願い!」

 雪乃はそう言って手を合わせて片目を瞑る。

 いつものパターン、いつものお願いの仕方……そして俺は、この雪乃のお願いを断った事が無い。断る事が出来なかった。


 俺には……もう断る理由が……無かった。

 わかっているのに……断る事が出来なかった。


「──ああ、まあ……いいよ」


「やった嬉しい! ありがとう涼ちゃん!」

 雪乃はそう言うと、俺の両手を持って上下にブンブンと振った。


 ◈◈◈


 そう……やはり雪乃は俺を利用してきた。

 そして俺には断る理由が無くなっていた。

 利用されていると……わかっていても……。


 俺は今……綾波が気になっている……綾波の事を好きになりかけている。いや、好きなんだろう。

 でも、雪乃の事も……。

 ずっと好きだった、狂おしい程に好きだった……そう簡単に忘れられるわけがない……そして俺は一応雪乃の彼氏って事になっている。


「あああ……」

 聞かなければ良かった……どうせ手に入らないのだから……。

 雪乃はあやぽんと一緒だ。

 崇拝するだけの存在、手に入らない雲の上の存在。


 だから俺には……綾波が合っている。俺だけが知ってるあいつの笑顔、あいつの優しさ……。


 え? ちょっと待て……俺は知っているのか? 綾波の笑顔を?


 俺は綾波の笑顔をはっきりと見た事が無い。

 口元だけで判断しているだけ、実際笑っているかはわからない……。


 綾波の優しさ? 心配された事もあるし、言葉の端々に優しさは滲み出ているが、心配された事が優しさなのか? そもそも友達なんだから、女の子なんだから、それくらいの優しさは誰にもあるだろう? 雪乃だって近くに居ればあれくらいの優しさはある……あった。


 いや、そもそも……俺は綾波と付き合える様な前提で好きとか言ってるが、綾波は俺に好意を持っているのか? 人見知りが慣れただけなのでは?

 

 ボッチ同士だから仕方なく一緒にいる? 本の事を話せるだけの存在?


 綾波も俺を……利用している……だけなのでは?


 いや、それを言ったら、そもそも利用するのが当たり前なのでは?


 暇潰し、楽しさ、快楽、経済、友達やカップル、夫婦って……人間って、そう言う物なのでは? お互い利用しあってるのでは?


「うわあ……」

 駄目だ考えがおかしな方向に、こんな事考えてたら人間不信になる。


 俺は立ち上がり部屋の壁一面を占めている本棚、ほぼ全部ラノベなのだが、その本棚に一番下に唯一ある雑誌を数冊取り出し、それを持ってベットに寝転ぶ。


 そして、今、俺が間違いなく確実に一番好きな人を眺めた。


「──あああ、やっぱり可愛い……美しい……俺の……あやぽん」

 考えても仕方がない時、気分が悪い時、イライラしている時の最高リフレッシュ方法。

 俺は大好きな、最愛のあやぽんを眺め……現実逃避をする。


 とりあえず……なるようになる。なるようにしかならない……。

 

 俺はそう……思う事にした。


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