第32話 あやぽんとデート
「ううう、あやぽん……あやぽーーん」
俺はそう言いながら観客席で嗚咽していた。俺の周りは既にステージに注目している。
「綾波……ううう、あやぽん、あやぽんんんん」
駄目だ……涙が止まらない……感動している……俺は感動しまくっていた。
でも、この涙は、感動しているからだけでは無い。悲しいのだ。これであやぽんは……遠くに行ってしまう……元々手に届かない人だけど、この間会えたからなのか? 何故か俺の側にいるような、そんな錯覚をしていた。
「ううう……あやぽんが……あやぽんが……遠くに……遠くに」
その時突然俺の後ろから誰かが両肩に手を乗せ、そして俺を強引に振り向かせた。
「わ! ……ってあんた何で泣いてるの?」
長い黒髪、いつの時代の女優だって位の大きなサングラス、場に全くそぐわないスーツ姿の怪しい女子が俺の前に立っている。
「……誰?」
どこかで聞いた様な声……なんか気のせいか……凄く綾波の声に似ている気がするんだけど……。
「へーー私がわからないと、それでもファン?」
そう言ってその女子はサングラスを少しだけずらして周囲を気にしながら俺に片目だけを見せる。
「! あ! あああああ! あや! むごごごご」
俺がその名前を呼ぼうとするや否や、その女子……恐らく、あやぽんは俺の口に手を当てた。
「駄目よ、ここで呼んじゃ」
サングラスが太陽に照らされキラリと光った。それはまるで、綾波の事を初めて認識したあの席替え直後の時の様な、そんなデジャブを感じる。
「とりあえず、こっちで話しましょう……」
そう言うとあやぽんが俺の手を掴み観客席の外に連れていかれる。
て、てか……手を繋いでいる……俺が? あやぽんと、この手の感触……あやぽんの手……あああ、うわ、うわうあうわわわわ……。
なんて言うんだこういうのって? 青天の霹靂? 棚からぼた餅? 多分違う……。
とにかく、天使と手を繋ぐなんて、俺死ぬの? いや、既に死んでる?
そう……まるで俺が死んで、天使が舞い降り天国に連れていかれる様に……
「──大丈夫?」
「へ?」
「なんか、死んで天に召される様な顔をしてるから?」
「いえ、あ、まあそうなんですけど……って言うか! な、何してるんですか?!」
いつの間にかステージ外の林の木陰に連れていかれいた俺はあやぽんのその一言で我に返った。
ステージ間を移動する人混みからはちょうど見えない位地に俺は神と二人きりというこの状況に戸惑いながら聞いた。
「え? 何って仕事だけど?」
「仕事?」
「そう、ここの様子をSNSにアップするの」
「へ、へーーそんな仕事が……ああ、それでお忍びって事でそんな格好を?」
「あ、──ああ、まあね」
「それにしても……着替え早いですね」
「ああ、──まあねえ」
「それに──」
「ああ、もう良いから、それより何で泣いてたのよ?」
「え! そ、それは──勿論綾さんの歌に感動して……」
「は? あははは、そんな事で泣いてたの? あそこで?」
「そ! そんな事なんかじゃありません! あれは、奇跡です! 周りの人達もそう言ってました!」
「へーーそか……うん、そうだね……ありがと」
あやぽんはどこか他人事の様にそう言った。
「……いいえ…………で、でも……それだけじゃ……無いんです」
「ん?」
「実は……僕は最低なんです……綾さんが音楽でも歌でも成功して、もっと遠くに行ってしまう様な気がして……もっと有名に、ファンとして綾さんが……大スターになる事を、喜ばないといけないのに……でも……それが……寂しくて……それで……涙が止まらなくて……悔しくて、自分が、そんな事を考えてしまう自分が悔しくて」
「え?」
「え?」
「いや、ははは、私、音楽なんてやらないよ?」
あやぽんは口を尖らせながらそう言った。
「は?」
「いやいや無理だし」
「な、なな、なんで? あれだけ上手いのに!」
「興味ないからかな?」
「そ、そんな……」
「まあ、今回感動してくれたんならそれで良いじゃない、あ、そうだ、ねえ、ちょっと会場回るの手伝ってよ」
あやぽんはそう言って俺の腕に自分の腕を回した。
「は? えええ?! ええ、いや、ちょ、だ、め、うえええ?!」
腕がああ……柔らかい感触が、良い匂いが、いや、そんな事よりも近い近い近いいいい。
「一人だと目立つんだよねえ、良いでしょ 感動のお礼って事で」
「そ、そんな……でも……お、俺で良ければ、綾さんの役に立つなら……」
「よし! 決まりね! じゃあ行こう!」
あやぽんは俺の腕に自分の腕を絡めながら拳を天に突きだしそう言った。
「あ、は……い」
「ああ、もう乗り悪いなあ、行こう!」
「お、おう~~!」
あやぽんにあわせて俺も拳を上げた。
いや、ちょっと待って……これって……あやぽんと……デートって事になるのでは?
うえええええええええええ?!
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