綾波明日菜の正体

第31話 綾波明日菜は天才だ。


 明日菜は自分の事がわかっていない。

 

 明日菜は天才だ。今日の歌だって私から見ればなんて事は無い……。


 明日菜は勘違いしている。明日菜が私の物真似をしていると。


 でも違う……私が明日菜を真似ているのだ。


 今でこそ綾は人気が出ている。でもそれは全て明日菜のおかげ……。

 明日菜が手伝ってくれる様になって、綾は大人気になった。


『お姉ちゃん綾ってなんか硬い感じしない?』


『そう?』


「うん、何か愛称とかあった方が」


『愛称? 例えば?』


『うーーーーーん……あやぽんとか!』


『なんか……古……』


『ええええええ!』


 そう、実は『あやぽん』って愛称は、明日菜が言い始めた。

 アカウントをayaponにしたのだ。

 SNSをやり始めたのも明日菜だ。


 昔から、ううん、今でも明日菜は父さんの本ばかり読んでいる。だからかなのか? 明日菜の書く文章は凄く面白い。

 写真にしてもそうだ。明日菜が服を着て撮る方が私よりも凄く映えるのだ。

 だから家での撮影、依頼なんかをされて服を着てSNSにアップしているその殆どは私ではなく明日菜。

 インフルエンサーなんて言われているのも全て明日菜のおかげ。


 だから私は思っている。本当の綾は明日菜だって。

 こういう時、もし他人なら、ううん、普通の姉妹なら……妹の才能に嫉妬するのだろう……そもそも綾は私が始めたのだから。


 でも……私達は双子……自分の分身……。

 そして……私は明日菜ちゃんが大好きなのだ。愛していると言っても良いくらい。

 自分の別の存在の様な、自分の違う生き方の様な……そんな存在……ある意味究極のナルシスト(自己愛)なのかもしれない。


 もし……明日菜が本気で綾になるならば……私は喜んで全てを明日菜に譲るつもりだ。




「お姉ちゃん……く、苦しい……」

 私の胸に顔を埋めている明日菜が可愛くて、そしてさっきテントのモニターに格好よく映っていた事に加え、外から聞こえてくる明日菜の美しい歌声に私は興奮し捲り飛び込んで来た明日菜をおもいっきり抱きしめてしまっていた。


「あ、ごめん」


「ぷはあぁ」

 私が腕の力を緩めると、明日菜ちゅわんは私の胸から顔を出す。ああん、可愛いよお


「もっと抱き付いてて良いのに」


「この体勢辛い……」

 そう言って私から一歩離れる。残念……ここにはベットが無いので愛しい明日菜ちゅわんを押し倒せない。


「お姉ちゃん、じゃあ私着替えて会場の写真を撮りに行ってくるよ」

 今日の仕事はここの様子をSNSにアップするまで、それが依頼された仕事だった。

「ああ、大丈夫、それくらい私がやるよ」


「でも……」


「明日菜ちゃんは頑張った、次は私の番、って言っても見て回るだけなんだけど、まあ私にも楽しませてよ」

 明日菜は人混みが苦手、私も体調が万全ではないけど、それくらいはやらないと……。


「お姉ちゃんがそう言うなら」


「大丈夫大丈夫、そんな長居はしないから」


「うん……わかった」

 明日菜はそう言って笑った。その笑顔に私は……はううううう、可愛いよおおお……。

 多分内面の問題なのだろう……同じ顔でも……。

 私が惚れる位だ……。


 もし……明日菜の人見知りが治って、そして素顔を晒したら誰もが明日菜を好きになるだろう……。


 私はいつかそうなって欲しいと思っている反面、その明日菜の可愛さ可憐さ美しさを誰にも知られたくないと、そうも思っている。

 自分だけ……自分だけ明日菜の本当の姿を知っているという、このなんとも言えないこの感覚……独占欲を擽る様なこの感覚に背中がゾワゾワとしてくる。


「じゃあ、タクシー呼んで貰う?」

 私達が泊まっているペンションは一度麓まで降りて、そこからさらに別のスキー場迄行き、今は当然営業していないスキー場のゲレンデ前にあった。


「ううん、お金かかっちゃうから、送迎バスで駅まで行くよ」


「そっか、出てきた駅でからはタクシー使いなよ? この間みたいに10キロ歩くなんてしちゃ駄目だからね?」


「はーーい」


「はいは短く、じゃ無かったっけ?」


「てへ、私まだお姉ちゃんだから」

 てへぺろしながら無邪気に笑う明日奈……私はそこまで可愛くないよ。


「……もう、じゃあ後でね」

 私はそう言ってテントから出た。

 

 さっき明日菜と一緒に演奏していたインストバンドを横目に歩いていると……。


「あいつ……来てたんだ」

 観客の後ろの方で何故だかバンドを見ずにうつ向いている……明日菜の王子様を見つける。

 私は脅かしてやれと、日下部君の後ろに回り込むと、両肩を掴んで振り向かせる。


「わ! ……って何で泣いてるの?」

 驚いている顔の日下部君の目からは大粒の涙が溢れていた。


 

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