第78話 なんか……おかしくね?


「あはははは」


「ふふふ」

 仲直りすれば自然と会話が弾む、いや、まあ……仲違いしてたわけじゃないんだけど。

 俺の話で綾波が笑ってくれている……綾波が俺に微笑んでくれている。

 

 俺の女神……ってこれは、この考えは駄目だって、さっきそう思ったばかりだ。

 でも……自分の好きな人を天使とかって思うのは、普通の事じゃね?


「やっぱり昔の本だと言い回しとか古いでしょ? 月が綺麗だねなんて誰も知らないよ~~」

 俺と綾波の会話はほぼ本の話だ。それが一番楽しい。


「えーー、かえってお洒落でしょ?」


「ああ、まあ……意味知ってて言われたら、結構キュンって来るけど」


「ふふ、そのキュンも古くない?」


「そうなの?」


「うん」


「……でも……そうか、あの歌を聞いた時、綾波の歌を聞いた時、綾波の事を思い出して涙が止まらなかったんだ……月が綺麗だねって所で涙が溢れて……あれって……やっぱり……その……俺の事を思ってくれてたり、したりして~~なんて?」

 あやぽんの話を全くしないのもおかしいかなと、俺は冗談半分でこの間のライブの話をしてみた。


「…………う、うん」

 髪の毛と眼鏡で顔を隠している綾波だったけど、俺がその質問をすると、見えている肌全てを真っ赤にしてそう答えた。


「……そ、そか……」

 その綾波の答えを聞いて、俺の心拍数は跳ね上がり、顔の温度が上昇する。鏡見ているわけでは無いが、おそらく俺も真っ赤になっている。


「…………」


「…………」

 二人して黙ってうつ向く……でも手はずっと繋いだまま……その繋いでいる手から綾波の体温が、鼓動が、気持ちが伝わる。

 何も言わなくても、言葉を交わさなくても、心が通う、楽しさ、嬉しさが伝わってくる。


『ピンポーン』

 

「ひう!」


「ん?」

 今は驚きが伝わってくる。


「ううん、メッセージが……」


「……見ないの?」


「あ、うん、いいかな? ごめんね」

 綾波はそう言い繋いでいる手を離すと、ポケットからスマホを取り出し、手早くメッセージを確認する。


「──へ? あ! えええ?」


「ん? どうしたの?」


「あ、うん、さっきの喫茶店で……本を忘れちゃってて」


「あ! そ、そうだ、ごめん! 直ぐに取りに……って何で綾波のスマホに?」

 喫茶店には何度か行ってるけど、綾波の番号を知っている筈も無く……。


「……えっと……どうも……あそこに……お姉ちゃんが居たみたいで……お姉ちゃんが持って帰るって……」


「……は?」


「……ごめんね……お姉ちゃん私の後をつけて来たみたい……心配だったのかな? なんか出掛ける時変だったし」


「えええ?! あ、でも、実は……うちの妹も……あそこに居たみたいで、綾波が出ていった時追いかけろって言ってくれて……」


「えええ?! 楓ちゃんも?!」


「あ、うん……ってあれ? 俺……妹の名前言った事あったっけ?」


「あ! えっと……言ってなかったけど、実は……この間知り合って、連絡先を交換してたの」


「──ええええ! い、いつの間に?!」

 何か次から次へと知らない出来事が……どうなってるんだ?


「あ、あの……この間……日下部君がお姉ちゃんと会ってた……時に」


「どういう事? この間って池袋の時だよね?」


「ご、ごめんなさい……お姉ちゃんが日下部君と会うって聞いて、いてもたってもいられなくて……」

 綾波は横座りして身体を俺の方に向け、俺の手を両手で握った。

 俺もその手を両手で握る。


「でも……その時……妹も来てたって事だよね? 俺の後をつけてって事だろ? ……そして今日も来てた……二人とも……そう言えばさっき出掛ける時、綾……お姉さんが変だって言ってなかった?」


「ああ、うん……なんか気をしっかり持てとかなんとか、まるで私が初めて綾として人前に出る時と同じ様な言い方で……」


「──気をしっかり……他には?」


「……他に……ああ、えっとね……今日じゃないけど、日下部君の妹には気を付けろって、信用するなって……あ、ごめん……日下部君の妹なのに」


「……いや、いいんだ……楓は俺も心から信用していない……から」

 

「日下部……君?」


「──俺の家って色々あってさ……あまり言いたくない事もあって……ごめん……いつかちゃんと話すから……」


「……ううん、良いの、私も綾の事……黙ってたし」


「……でも……なんかおかしい……何か色々とおかしい気がするんだけど……」


「おかしい?」


「情報が少ないから、まだ何もわからないけど……俺達の事に、二人が関与している気がする……」


「二人って、お姉ちゃんも?」


「ああ……何かお互い誘導されている様な…………とりあえず綾波、気がつかない振り出来るか?」


「うん……っていうか、私は何も気が付いていないから」

 綾波は苦笑いをする。


「──うん、それでこれからなんだけど、楓から、妹からメッセージが来たら俺に教えて欲しい、出来ればお姉さん、綾さんが今日の様に何か変わった事を言ってきたら、それも教えて欲しい」


「あ、う、うん、変わった事……わかるかなあ? お姉ちゃんいつも変わってるから」


「あはは、まあ、出来ればで良いよ」


「……わかった……後ね、日下部君言いにくそうだから教えるね、お姉ちゃん名前……言ってなかったよね?……お姉ちゃんの名前は……今日子って言うの」


「──今日子……今日と明日、明日菜に今日子か」


「うん……お父さんが付けたの、お姉ちゃんはアイドルから、私は漫画からだって……」


「へーー、そのままじゃん」

 アイドルの様な活動をしている姉と、父親の本に依存している妹。


「そうなの、私もお姉ちゃん同じでアイドルとかから付けてくれれば良かったのに!」

 ほっぺたを膨らまし不満そうに言う綾波。


「いや……俺は綾波が、今の綾波が好きだから……寧ろ、お父さんに感謝しないとね」


「……ひ! ひうううううぅぅ……」

 俺から手を離し、真っ赤になってうつ向く綾波……いや、本当に可愛い過ぎるよ……お父さんありがとう!



 でも、楓……妹と、あやぽん……今日子さんには、何かある。


 特に楓には、妹には要注意だ。

 あいつは切れ者だけど、まだ子供なんだ。

 

 武器を持つ子供程、怖い。

 子供は怖さを知らない……子供は理性に乏しい。


 何をやらかすかわからない怖さ……いや、すでにもう……何かやらかしているかも知れない。

 あいつは一体……楓は一体……何を企んでいるのだろうか?

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