第79話 嘘は言って……いない。
「雪乃さん!」
私はノーアポイントで雪乃さんの部屋に飛び込む
「きゃ、きゃああ!」
「……何してるの?」
雪乃さんは海老反りになって両手で自分の両足を器用に持っていた。
しなる身体が美しいけど、突然見るとなんか軟体動物の様でちょっと気持ち悪い。
「す、ストレッチ……楓ちゃんこそどうしたの? 突然……」
「あ、うん……あの……私……雪乃さんに謝らないといけない事が……」
「謝る?」
雪乃さんは立ち上がると私にクッションを渡し、自分も座った。
私はあえてクッションに座らず正面に正座をして雪乃さんに頭を下げた。
「えええ?! な、何? どうしたの?」
「ごめんなさい! 私が余計な事を言ったから……本当にごめんなさい!」
私は土下座をして雪乃さんに謝った。
「ちょ、ちょっと待って、楓ちゃん! 一体何があったの?」
「……ごめんなさい……」
私はそう言うと、顔を上げ涙を浮かべながら雪乃さんを見る。
「もう謝らなくて良いから、何があったのかだけ教えて? ね?」
私はハンカチで涙を拭きながら、現状を正直に雪乃さんに話した。
お兄ちゃんが雪乃さんを諦め、同級生の子と付き合うかも知れない……と。
「……そっか……でも楓ちゃんのせいじゃ無いよ、実際私の中で涼ちゃんの事に違和感を感じていたのは事実だし……楓ちゃんは寧ろ、それを気付かせてくれただけだし……」
「ご、ごめんなさい…………もし何も言わなかったら、今頃雪乃さんは……お兄ちゃんと……ふうううぅぅ」
「ああ、もう泣かないで」
雪乃さんはそう言って私の頭を撫でてくれる。
「ごめんなさい……ごめん……」
「もう良いから、実際あのまま私と涼ちゃんが付き合ったとしても、多分上手くはいかなかったんじゃないかなあ……涼ちゃんは弟みたいな存在だったし……」
「でも……うう……でも、今は違うよね? 今はお兄ちゃんの事好きなんだよね?」
「え? ────う、うん……」
「そか……ふふ」
「え?」
「ううん……でもね……お兄ちゃんも……ひょっとしたらまだ雪乃さんの事を思ってるかも知れないの……」
私は涙をこぼしながら笑顔でそう言った。
「どういう……事?」
「……あのね、あの同級生……綾波明日菜さんには、有名な姉がいるの」
「……姉?」
「うん……お兄ちゃんはね、元々そのお姉さんのファンだったの」
「……そ、そうなんだ……でも、それと綾波さんにどんな関係があるの?」
「──うん、私も詳しくはわからない……でもお兄ちゃんの様子から、どうもそのお姉さんが絡んでいるみたい……この間も呼び出されて買い物に付き合わされていたし」
「……付き合わされて……いた?」
「うん! 沢山の荷物を持たされて、タクシーまで運ばされて……いくらファンだからって……酷いよね……」
嘘は言っていない……私は一切嘘は言っていない。
「そんな事を涼ちゃんが……」
「それで……ひょっとしたら……あのお姉さんが涼ちゃんと綾波さんをくっ付けようとしてるのかも知れない」
「ええ! な、何でそんな事を?」
「お兄ちゃんを都合良く使う為に? とか……そう……これは例えばなんだけど……お兄ちゃんと偶然同じクラスになった気弱な妹がお兄ちゃんに興味を抱いた。聞いてみればお兄ちゃんは自分のファンだった。妹と付き合え自分とも会えるぞ……とそそのかす……とか?」
「…………でも、それだけで……涼ちゃんが好きでも無い人と付き合うわけが無いよ」
「……うん、でも……お兄ちゃんはずっと好きだった雪乃さんに振られた……そのショックで雪乃さんを見返そうと、そして自分の付き合った人の姉が有名人だったら、ある意味見返した事になるって思ったとか……そもそも綾波さんの事は少しは気になっていた。友達もいない綾波さんに同情したとか? 趣味とかも合う、さらに有名人の妹、自分の好きな芸能人の妹という付加価値が付いてくれば……お兄ちゃんの気持ちも揺らぐ……かも……」
「──そ、そんな……」
雪乃さんの顔が歪む、自分の弟の様な存在が、騙されているかも知れないと思えば……そんな顔もするだろう。
私は何も嘘はついていない、ひょっとしたら本当に今言った通りなのかも知れない。
そう……私は嘘は言っていない……。
私は……雪乃さんの前で…………嘘泣きを……しただけ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます