第89話 最終決戦


 雪乃さんは真っ直ぐに私を見る。

 綺麗な人……スタイルも良く、成績優秀、陸上では全国トップクラスにまでなった人。

 私なんかじゃ……全く敵わない相手……。


 でも……日下部君は私を選んでくれた……だから……勝たないと……この人に……勝たないと……いけない。

 でもそれより……伝えたい、雪乃さんに自分の気持ちを、思いを伝えたい。

 勝ち負けよりも……大事な事を、私も同じだって、皆同じだって……伝えたい。


「……あ、あの……私……日下部君に付き合ってくれって言われて、凄く嬉しかった……なんかふわふわした気分になって……こんな気持ち初めてだったの……」


「……ふーーん、それで?」


「で、でも……直ぐに不安が押し寄せて……私……恋ってよくわからない、付き合うってどうするのか……わからない……もし付き合って、嫌われたら、がっかりされたらって……嬉しい反面そんな気持ちになったの……」


「……何が言いたいの? 私は二人が付き合うのは認めるって言ってるでしょ!? 勝手にイチャイチャしてれば良いじゃない」


「違う……違うの! 私……雪乃さんが羨ましいって……そう思ったの!」


「は? な、何を言ってるの? 涼ちゃんは貴女を選んだのよ? なにそれ嫌み? はん、なら代わってあげようか?」

 雪乃さんは呆れ顔で私を見つめそう言った……でも、これが本心……私の本当の気持ち……。


「代わって欲しいよ……でも……私は幼なじみでも……妹でもないから……」


「そんな物より恋人の方が良いでしょ? 本当、何が言いたいかさっぱりわからない、なんなの貴女?」

 さらに呆れた顔で首を振る雪乃さん。


「ううん……多分雪乃さんも……楓ちゃんも……私も……同じ気持ちだと思うの……日下部君に対する気持ちって……皆同じって……」


「……同じ?」


「……そう、日下部君は一人ぼっちだった私に居場所を作ってくれた。日下部君と一緒にいると安心出来る……日下部君ってそんな人だって思うの……優しいし、気遣ってくれるし……ラノベの……本の事だと頑固だけど……」


「…………」


「……日下部君がいると安心する、落ち着く、そして頑張れる。だから……楓ちゃんは……日下部君とずっと一緒にいた楓ちゃんは、日下部君と一緒にいたから……頑張ったから……天才って呼ばれる様になったって思う。そして雪乃さんも……小さい頃から日下部君と一緒にいたから……陸上でトップクラスになったって……そう思うの…………だから私もそうなりたいって、日下部君と一緒に居られればそうなれるかもって、二人の様に……」


「……だから羨ましいって事?」


「ううん……違うよ……私が二人を羨ましいって思ったのは……日下部君と家族になれたから……ずっと一緒だって……この先ずっと一緒だって事が……確定してるから……」


「……は? 楓ちゃんはそうかも知れないけど、私はただの幼なじみ、ただの他人じゃない!」


「……ううん、違うよ……日下部君にとって……雪乃さんはもう家族だよ……ずっとずっと……一生続く関係だって……そう思ってる…………私とは違う……だから羨ましいって……」

 たった数ヶ月の私じゃ、どう転んでも二人には、二人の関係には、近づく事さえも出来ない……。

 日下部君の中で、私は今、一番なのかも知れない……でも将来はわからない……何年もずっと日下部にとって一番にならないと、もっともっと日下部君と時間をかけないと二人には追い付けない……ううん、子供の頃から一緒にだった二人には……もう一生追い付けないのかも知れない。


「…………」


「私も……二人みたいに日下部君と家族になりたい、ずっと続く関係になりたい……だから、悔しい……羨ましい、雪乃さんが、楓ちゃんが……凄く羨ましい……」

 涙が溢れて来る……ずるいよ……ずるい……二人は子供の頃に出会えて……ずるい……私も……日下部君と早く出会えてたら……そうしたら、もっと安心出来たのに、もっと違う人生だったのに、こんな情けない性格になんかならなかったのに。


「──だから?」


「……え?」


「だから何? だから学校でもイチャイチャさせろって? だから別れたって皆の前で言えって事?」

 

「……ううん……それは私が言う事じゃない……私が決める事じゃない……約束は守らないといけないと思うし……ただ……ただ一つだけ、一つだけ雪乃さんに言いたい事があるの……」


「……何よ」

 

 私は頭を下げた、雪乃さんに向かって深く深く頭を下げる。


「私も……三人と、日下部君と楓ちゃんと雪乃さんと家族になりたい……ううん、絶対になる……だから……これから……宜しくお願いします」

 深く頭を下げたまま、私は雪乃さんに頭を下げた。

 

「…………は? なにそれ? うける……ああ、バカらしい、何が家族よ、私は私の為に生きてるだけ……有意義な……将来の為に……より成長出来る様に……楽しく……高校生活を送りたいって思ってるだけ。その為に涼ちゃんがいるって、必要だって……思っただけ。家族とか、そんなの……どうでもいい、そんなの今だけ……」


「──でも……雪乃さん……日下部君の事本当は……好きなんでしょ? だからこんな言わなくても良いことまで言って、本心だって……嘘まで」

 

「……ああしらけた……言いたい事はそれだけ? じゃあもう帰って……話は終わり……何も変わらない……私は別れない……約束は守って貰うだけ……貴女は涼ちゃんと裏でイチャイチャしてればいいよ」


「…………」

 そう言われて、雪乃さんにそう言われ、私は……はいともいいえとも言えなかった。そんな事言えるわけ無かった。

 結局雪乃さんの本当の気持ちを聞き出す事は出来なかった。

 結局、私は……何も出来なかった……。

 

 雪乃さんとの交渉は決裂した……でも認めるって、日下部君の彼女として認めると言ってくれた……。日下部君の家族に認められた……だからこれでいい。


 学校で私は日下部君の彼女だって、宣言するつもりもない……。

 夏休み前と変わらないだけ……でも……それだけで良かった。私はそれだけで幸せだって思ったから。


 立ち上がり雪乃さんにお辞儀をして部屋から出る。

 扉を締める瞬間、雪乃さんが小さな、本当に小さな声で呟いた。

「──貴女さえいなければ……」

 そう言って雪乃さんは手をじっと見つめていた。

 なにかを溢してしまった様な、手から何かが溢れてしまった様な……そんな表情で呆然と自分の手を見つめていた……。


 雪乃さんは多分……心の奥底では日下部君と恋人になりたかったのだろう。

 でも……自分の言う事をよく聞く弟であり、何かと頼りになる優しい兄でもある日下部君……。

 その家族の様な関係を捨てられなかったのだろう。

 楓ちゃんに言われるまでもなく、その事は本人もわかっていた。

 恋人になれば別れる事がある……それを怖がったのだろう……。

 気持ちは痛い程わかる……私も、そう思っているから……。


「……お疲れ様」

 家の外に出ると日下部君が待っていた。

 私は笑顔で日下部君を見つめる……日下部君も笑顔を返してくれる。


「ラスボス対決……負けちゃった……かも?」


「──俺もかな?」


「「ははは」」

 最終決戦なんて言ったけど、勝ち負けなんて最初から無かった。

 一緒の高校、近所に住む幼なじみ、そんな親密な関係をこの場でバッサリと切れるわけが無い。

 日下部君にそんな事……出来るわけが無い。

 誰よりも家族を大事にする、大事にしたいと思っている日下部君に出来る筈もない。


 でも……一応……私と日下部君が付き合うって事だけは許してくれた?

 だから私はそれで満足……そしていつか楓ちゃんと、雪乃さんと、日下部君と私……そしてお姉ちゃんも……皆で……家族になれればって、そんな関係になれれば良いなって、そう思っていた。


「えっと……改めまして……宜しく」

 そう言って日下部君は照れくさそうに手を差しのべて来る。

 私はその手を日下部君の手を……そっと握った。

 私と日下部君、そして皆と家族になる為の最初の一歩……まずは日下部君ともっともっと仲良くなって、そして楓ちゃんとも仲良く……。あ、そう言えば楓ちゃんとお姉ちゃんって……家に帰って何してるんだろう?。


 その時、私のスマホにメッセージが届く。

 私は日下部君と握手をしたまま、そのメッセージを見た。


『た、す、け、てえええええぇぇ、楓ちゃんがあああああ』


「ひううう!」


「え? な、何?」


 私は慌ててそのメッセージを日下部君に見せる。


「えええ! 楓が何かしたのか? あ、あいつまさか! 銃で……」


「じゅう? 十? …………銃?!」


「と、とにかく、明日菜の家に急ごう!」


「う、うん…………あ、今……明日菜って、うへえええ、うへへへへぇ」


「あああ、綾波~~そんな場合じゃないだろ?! 走れええええ!」


「はふううぅ、はいいいぃぃぃ」

 私は日下部君と手を繋いだまま走った。

 日下部君と二人で……このままずっと走って行きたい。日下部君はとても速いけど、でもこうやって手を繋いでくれたら……私はどこまでもついていく……離されない様に頑張る。

 いつか、家族になれる……その日まで……。


                                             

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