第53話 無言通話


 あやぽんと買い物袋をタクシーに押し込むと、俺は一目散に家路に着く。


 あやぽんのおかげで、神のお告げで、自分の気持ちがようやくわかった。 いや、わかって来た。

 

 雪乃に憧れていた……ずっとずっと……でもそれは憧れであって、好きという感情とは違っていた。

 少しでも雪乃に近づきたくて、県内最高峰の学校を目指した。

 もし入れたら、雪乃に近付けたら、告白しよう……そう思っていた。

 見事合格を果たした俺は雪乃に告白しようとしたその日、雪乃の気持ちを知ってしまった。

 裏切られた……って、俺の頑張りってなんだったんだろうって、そう思った。


 でも、この間の合宿で、雪乃の姿を見て、俺はその考えが間違っていると確信した。


 そんな事で追いついてなんかいなかったと。

 あいつは光っていた。輝いていた。

 中学の時、全国に出たから、そこで優秀な成績だったから、輝いていたと思っていた。

 

 でも違う……今の状態でも、記録が出なくても、雪乃は輝いていた。

 あの輝きは持って生まれた物なのだと、俺はそう思った。

 もしも、何かの間違いで、俺が雪乃と付き合えたとしても、多分あの光に、雪乃の輝きに俺は飲み込まれてしまうだろう。


 そして俺は思うだろう……失敗すればって、ハイジャンで成績が出なければって……輝きが少しでも失えばって……。

 自分の中の黒い物に俺は飲み込まれてしまうだろう……。

 

 そして……それはあやぽんでも一緒だ。

 今日の冗談を真に受けたとして、仮にあやぽんの遊びだったとしても、あやぽんと一緒に入れば、俺は自己嫌悪に陥るだろう。

 これ以上人気が出なければいいって……炎上しろって……俺は思ってしまう。


 自分に相応しくない人と付き合う……それは最悪な結末になる。

 自分が相手の所まで行くか、それとも相手が自分の所まで落ちてくるか……。

 

 こんなオタクな俺では……なんの取り柄もない俺では、相手を不幸にしてしまう。


 ただ、そう言うと、綾波が二人に劣るから俺に合っている。なんて人は思うかもしれない。

 

 でも違うんだ……綾波が決して二人に劣っているとは思わない。

 綾波も……何故だか時折輝いて見える時がある。

 なんだかわからないけど、あやぽんに似たオーラが見える時がある。

 一度はあやぽんなのでは? と間違えた事さえ……。


 眼鏡を外した素顔はまだ見た事は無いけど、でも綾波は結構可愛い気がしている。

 いや、違う……顔じゃない、綾波は綾波自身が可愛い、あの喋り方、仕草、そのすべてが可愛いって思える。

 たとえ、顔が可愛くなくても、どうでもいいって思えるほど、あいつは魅力的だって……思わされる。


 綾波とは……なにか、馬が合う……そんな気がする。


 だから俺は……覚悟を決めた。

 まずは謝ろうって、誠意をもって謝罪しようって……。

 そして、許してくれたなら……俺は自分の思いを伝えようって、そう思った。


 この気持ちが、恋なのかはわからない、でも、雪乃にも、あやぽんにも、勿論楓にも持ち合わせていない気持ちを、俺は綾波に抱いている。


 会いたい、逢いたい、会って話がしたい。

 もっと、もっと綾波と話したい、そして綾波の事が知りたい。


 

 だから俺は……通話のボタンを押した。

 メッセージじゃあ駄目だ、こういう事は会って直接伝えなければ。


「頼む……出てくれ!」

 俺は祈った……どうしても会いたい、今すぐに会いたい……あのあやぽんの歌の様に……俺の気持ちはまさにあの歌の主人公の様だった。


 そして……数十秒の間の後……着信音が止まった。

 しかし、向こうから返事は無い、俺は一度耳からスマホを離して画面を確認する。

 通話状態……つまり無言のまま聞いているって事だ。


「あ、綾波! 切らないで聞いて欲しい! こないだはごめん! 俺綾波に謝りたいんだ、だから……あの本屋の後に一緒に行った喫茶店に、明日10時に来て貰えないか? いや、来てください……」


『……』

 綾波は何も言わない……。


「俺……待ってるから……ずっと待ってるから……」

 そう言って俺は綾波の都合も聞かずに通話を切った。

 怖かったから、綾波の無言が怖かったから。

 もしも、ここで拒絶されたら……って思ったら、怖くなって切ってしまった。


 明日はいつまででも待つつもりだ、綾波が来てくれる事を信じて……。

 そして……謝りたい、この間の事を……そして俺の本心を伝えたい……綾波に俺の本心を……。

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