第11話 最悪な状況

 何も言えなかった……そして、心地いいって……感じてしまった。


 雪乃は数分間周りに見せ付ける様に俺に寄り添う、そして何事も無かった様に教室を後にした。


 雪乃が出て行くと、遠巻きに見ていた数人の男子が俺に向かって舌打ちをする。

 中学の時、俺と雪乃は幼なじみという事が皆に知られていた。

 でも今は……まだ入学したばかり、同じ中学出身のヤツモいるにはいるが……当然知らない奴等はが大多数を占める。

 追々知られて行くのだろうが、今はただイチャイチャしているだけのバカップル、しかも相手はとびきりの美人……羨まれ、恨まれるのは俺の方だけ……。


 そして、こんな状況なのに、こんな状態なのに、こんな気持ちなのに……俺は何も言えなかった。雪乃を、雪乃の行動を、拒絶出来なかった。拒否出来なかった。


 ばっかやろう……俺がバカ野郎だ。

 雪乃の気持ちはわかっているのに、雪乃の気持ちは知っているのに。


 雪乃は昔から俺の事を弟かなんかだと思っているんだ。

 だから俺と手を繋ぐ事も、さっきの様に俺に抱き付く事にも何ら抵抗は無い。


 弟とのスキンシップの様に、父親におねだりする娘の様な気分で雪乃はずっと俺と接していた。

 目的がある時だけ、俺に頼み事をしてきた時だけ。


 昔から……今でも……。


「──あ、あの……だ、大丈夫?」


「あ、う、うん」

 

「顔……真っ青……だけど」


「……うん、大丈夫……大丈夫」


「……そう」

 あんなにいい感じだったのに、楽しかったのに……綾波との会話が、物凄く……楽しかったのに……。


 それを遮って入ってきた雪乃、俺はその雪乃に、雪乃の声に、雪乃の感触に、心地いいって感じてしまった。


「──ちょっとごめんね……」


「あ、うん」

 俺はそう言って席を立った。こんな所で泣けない、もう綾波に気を使わせたくない。

 そして教室から出ようとしたその時、俺の後ろから声が聞こえて来る。


「……イチャついてんじゃねーよ」

 俺が出ようとした瞬間、後ろからそんな声が聞こえた。

 俺は振り向くも誰もこっちを見ていない。誰が言ったかわからない。

 でも……クラスの何人かのグループは、その声を聞いてか? クスクスと笑っていた。


 駄目だ……これじゃ駄目だ……。

 

 俺はそこで、既に色々と失敗していた事に気が付いた。


 一つは中学の時と同じ乗りで雪乃と付き合っている事にしてしまった。

 周りは事情を知らない。雪乃と俺の関係を知らない。


 そして入学して約2ヶ月、雪乃と綾波にばかり気を取られクラスでの友人関係を構築して来なかった。


 ヤバイヤバイヤバイ……これは……ヤバイ。


 味方がいない……。


 クラスに自分の……味方がいない。


 でも、今さらどうにも出来ない……俺はそのまま飛び出る様に教室を後にする。

 どうする? このままじゃもっと最悪な事態に……。クラスで孤立する、いや、もう既に孤立してしまってる。


 最悪な状況、最悪な気持ち……。


 俺はとりあえず一人になれる場所を探した。

 周囲の目が気にならない場所を探した……皆が俺を見ている様な気がする。


『イチャイチャしてんじゃねーよ』『お前じゃ釣り合わねーんだよ』『いい気になってんじゃねーよ』

 

 幻聴? そんな声が……聞こえる。そんな気がしていた。


 俺は渡り廊下から階下を見た。


 校舎の裏手、裏庭に大きな石がいくつか置いてある。

 オブジェなのか? なんなのか? とりあえず誰もいない。

 俺はそこへ向かった。


 周囲は草木に隠れている。 渡り廊下以外からは見えない。

 俺は石の上に腰をかけ、そして自分にまずは落ち着けと言い聞かせた。


 もう過ぎた事は仕方ない。これからを考えねば……。

 

 とりあえず雪乃にあまり教室に来るなと言うべきか……でも中学の時とは違って雪乃は俺達の関係を周りにアピールしたいのだろう。 

 だからミーティングが始まる前にわざわざ俺の教室に来て、あんな事をした。


 今から断る? でも……そんな事が俺に出来るのか? 雪乃に言えるのか?

 言った所でクラスの状況はあまり変わらないだろう。

 雪乃を振った男と言われ……もっと悪くなる可能性すらある。


 「ヤバイ……詰んでる」

 別れたと言いふらす? どうやって? 声を高らかに上げて? バカか……。

 そもそも俺は雪乃をどう思っているんだ? もう好きじゃない……のでは?


 そうだ! そういえば……雪乃は言っていた。俺に好きな人が出来たら別の人に頼むって。

 俺に好きな人が……。


「……あ、あの……」

 そう思った時、背後から声が聞こえる。消え入る様な声で誰かが俺に話しかけて来た。

 振り返るとそこには……いつもの様にうつ向き、顔を真っ赤にしている綾波が……立っていた。

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