第12話 私がいる……よ。


「綾波……」


「ご、ごめん……心配で……後つけて……来た」

 綾波は必死な様子で俺に向かってそう言った。

 かなりの人見知りなのに、俺に向かって一生懸命そう言ってきた。


「あ、うん、ごめん……ありがと」

 俺がそう言うと、綾波はうつ向いたまま首を横にブルブルと振った。

 首の動きにも少し遅れ、長い髪が頭の動きに付いてくる様に舞う。


「あ、あの……何かあったの?」

 そして綾波はゆっくりと顔を上げると、正面に居る俺を真っ直ぐに見つめてそう言って来た。


「いや、別に……」


「嘘……この間も……泣いてた……」


「…………」


「私じゃ……頼りないかも知れないけど……でも……」

 必死な綾波を見て、何か俺の胸に熱い物が込み上げて来る。

 

「聞いて……くれるかな……」


「……うん」

 綾波が顔を上げ俺を見て笑った。目元は眼鏡で隠れているけど、確かに笑った。

 そしてその恥ずかしげな笑顔を……俺はどこかで……。


 昼休みの時間はもうあまり無い、綾波を俺の横にある石の上に座って貰い簡潔に、要点をまとめて話した。


 ある意味雪乃との約束を破っているのかも知れない。俺と雪乃は付き合っていない事を他の人に言うのは……。

 でも、綾波には言っても良い様な気がした。いや、言わなければならない気がした。自分のオタク趣味を話した様に、俺は綾波に隠し事をしてはいけない様な気がした。


 

「──って事になっちゃったんだけど……」


「……うん」


「──どう思う?」

 俺は自分の気持ちも含め包み隠さず綾波に話した。幼なじみの雪乃との関係、雪乃の先輩にぶつかった時の事、そして今回改めて彼氏の振りをした件。


「──よく……わからない……」


「……まあ、そうだよな……」


「ううん、違うの……雪乃さんの気持ちが……よくわからない」


「え?」


「だって……友達にキモいなんて言ってる人が、彼氏になってなんて言わないよ……例え嘘だとしても……」


「……そうかなあ?」


「うん……後は……これは私の考えなんだけど……えっとね、多分本の読みすぎなのかも知れないけど……」


「……けど?」


「うん……えっとね……ふ……復讐?」


「復讐!?」


「あ、違うの、そこまでの気持ちじゃなくて……その、なにか……やり返したい様な、そんな気があるのかなって……なんか……こうなる事がわかっていたのかなって……」

 

「──復讐……」


「ご、ごめん……なさい」

 綾波はそう言ってまたうつ向いてしまう。


「いや、良いんだ、俺が聞いたんだから……まあ、長い付き合いだから……なにかしら気にくわない事はあるだろうし」


「──うん……それはもう、雪乃さんに聞かなきゃわからない……かも」


「そうだね……でも、問題は雪乃よりも、クラスでのイメージがねえ……なんか友達もいねえし、味方もいねえし、完全に孤立しちゃってる気がする……」


「え?」


「え?」


「……してないよ……日下部くさかべ君は孤立なんて……してないよ」


「え?」


「……あの…………わ、私が……いるよ、私は日下部君の……味方……だから」

 綾波は俺の顔を見上げながらそう言った。顔を真っ赤にして、必死の形相でそう言った。


「──綾波……」


「私……こんなだから……誰とも打ち解けられなくて……でも、日下部君は……私が無視しても、返事しなくても、何度も何度も話しかけて来てくれて……私……嬉しかったの……」

 綾波はそう言って俺を見て笑った。俺の中でまたデジャブの様な感覚が襲ってくる。綾波の笑顔を正面から、まともに見るのは今日が初めてなのに……。


『キーンコーンカーン』


「あ、やべえ、授業が始まる」

 遠くから予鈴の音が聞こえてくる。俺は立ち上がると、座っている綾波に手を伸ばす。


 綾波は俺を見上げ、恐々と俺の手に自分の手を重ねた。


 俺はその手を握ると軽く引っ張り、座っている綾波を立たす。


 そしてお互い向かい合って、握手をしている状態で言った。


「綾波……俺と……友達になって欲しい……」


 俺がそう言うと綾波の頬が一瞬膨らみ怒っているかの様な表情に変わる。

 そして綾波は俺の手を強く握り返して言った。


「……私はもう……とっくに友達って思ってたよ」

 そう言って、満面の笑みを浮かべた。

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