第84話 とりあえず付き合っちゃいなさい


 目の前に同じ顔の美女が二人。

 今まで全く別人の様な格好をしていた二人、今日は似たような服に同じ黒髪ポニーテール姿で待ち合わせ場所に来る。


 まるで目の錯覚か、それとも酷い乱視でそう見えているかの様に瓜二つの姿で俺の前に座っていた。


 本当に双子なのか? 実は内なる二人の人物が交互に現れているのでは? なんて考えた事もあったが、こうして目の前にすると、ここまで似ている物なのかと驚いてしまう。



 昨晩二人で会おうと綾波からメッセージが送られて来た。

 そのメッセージを見て俺は一瞬戸惑った。あの強気の姉とまた会うのかと……一瞬たじろぐも、好奇心が勝ってしまう。


 そして今二人を前にして俺は【好奇心猫を殺す】という、ことわざが頭に浮かんでいた。


 お姉さん……今日子さんは怒っていた。


 いや表情には出さない、そういうタイプではない……でもあの差すような眼差しは俺にそう言っている様だった。


「うへ、うへえ……」

 

「…………」


 ちなみにここは漫画喫茶内にあるカラオケルーム……なぜこんな所に呼び出されたのか? 皆目検討もつかない……まさか! 歌うのか?! 

 二人は勿論マイクを持つ事なく、ドリンクバーから持ってきたコーヒーとオレンジジュースを飲む事もなく、ただ俺の前で並んで黙って座っているだけ……いや……明日菜ちゃんの方は……なんかキモい声を出して、へにゃってしてるけど……。


「……さて、ここなら天敵も来る事は無いだろうし、聞かせて貰いましょうか?」


「……え?」

 何を? っていうか……まあ、全部でしょうね……その嘘や隠し事は許さないとばかりの今日子さんの目線に俺は恐怖を感じている。


「とりあえず明日菜! へにゃへにゃしない! 貴女の事でしょ!」


「ふぇ、ふえええ?! ふえええ、ふへ、ふへええぇ……」


「……はあ、わかってるのかなあ……まあ、とりあえず腑抜けは置いといて、それで幼なじみとはどんな話をしてきたの?」

 腑抜け……とりあえず明日菜ちゃんの事は置いといて俺は仕方なくそのままの事を話す……勿論告白して気持ちが揺らいだ事は言わずに……。



「……それで心が揺らいだって事ね」


「いきなりバレた!」


「ふぇ!!」


 隠し事が全く通用しない、なんだこの人エスパーか何かなのか? ひょっとしてテレパス! そしてなんなんだ? 一体どうした明日菜……ああ、まだ付き合っていないけど、もう呼び捨てでいいや。


「まあ仕方ないよねえ、情も沸くだろうし」


「情……」


「ただねえ、その告白のタイミングといい、色々と怪しい気配を感じるのよねえ」


「怪しい気配?」

 俺がそういうと今日子さんはコーヒーを一口飲み顔を歪める。


「まあ、気付いているんでしょ?」


「え?」

 俺がそう言うと今日子さんはニッコリ笑う。


「貴方の妹さん、あれが全ての元凶よね」


「……やっぱり……そう思います?」


「そうねえ、ただ明日菜にとっては幸運だったかもねえ」

 

「幸運?」


「そう……まあそれは良いとして、どうするの?」


「──どうって……どうしましょう?」


「はあ……そうねえ、じゃあ一つだけ言わせて貰うとね……」


「はい……」


「これの……こうなった責任だけは宜しく!」

 今日子さんは隣で腑抜けている明日菜の肩をがっしりと掴むと、自分の前に突きだした。


「はうううう、ふええええええ!」

 前に突きだされ俺と目を合わせると、明日菜は真っ赤な顔になり奇声を上げた。


「……これって」

 そう言われた瞬間俺は思い出す。明日菜を初めて認識した日の事を……そうあの俺の隣で気持ち悪い声を上げて……楽しそうに本を読む姿を……。


 つまりは……綾波……明日菜にとって、俺は今……大好きな本に勝るとも劣らない存在になっているという事……なのか……。


「──ふふふ……」

 そう思ったら、つい顔が綻んでしまう。そう思ったら、声が漏れてしまう。俺も明日菜と同じだった。


「──似た者同士ね……いい、とりあえずあんた達は今日、今、この場から付き合っちゃいなさい!」


「……ええええ!」

「──ふえええええ!」


「幼なじみとか妹とかはどうでもいいの、二人の気持ちは確認して付き合う事も受け入れたんなら何も問題無い、とりあえず二人は今から付き合うでいいわね」


「ええ! いや……でも」


「う、うんうん、日下部君は草刈さんと付き合ってる事に」

 俺と明日菜は同時に今日子さんにそう言って抗議する。


「振りなんでしょ? それはお互いの共通認識なんでしょ? だとしたら契約的にも問題無いわね」


「……契約って」


「とりあえず始めなさい、妹さんと幼なじみさんは後からなんとかするとして、それよりも、そもそもあんた達ってさあ、付き合えるの?」


「「え?」」


「高校生になるまでろくに付き合った事のない拗らせ者同士で付き合えるのか? って聞いたの」


「…………」

 俺はそう言われ明日菜と顔を合わせると……明日菜は真っ赤な顔でうつむいた。それを見て俺も恥ずかしくなってうつむく……。


「はあ……前途多難だわねえ……」

 今日から……俺は綾波明日菜と付き合う? 本当に? 

 そして雪乃はどうする? そして雪乃と妹の関係とは?


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